シェイクスピア作品は“逃げられない沼”

ドラマ初出演となった『VIVANT』のワニズ役で鮮烈なインパクトを残して以降、映像作品への出演を次々と増やしているが、河内さんの原点はやはり舞台だ。俳優活動をスタートした2000年から、自身のシェイクスピア劇団「ジーガレージシェイクスピア道カンパニー」を立ち上げた現在に至るまで、一貫してシェイクスピア作品に魂を注ぎ込んできた。

「実は、最初はシェイクスピアが全然好きじゃなかったんです。でも、いざ演じてみると、緻密な人間ドラマや作品が持つダイナミズムにどんどん魅了されていって。初めの10年間は新潟を拠点に活動していましたが、当時の仕事はシェイクスピア劇ばかり。『もう一度リセットしよう』と思って東京に出てきたのに、いただくお仕事はなぜかまたシェイクスピア。向こうから追いかけてくるというか、もう逃げられない。シェイクスピアは僕にとって、どっぷりはまった“沼”なんです」。

劇団「ジーガレージシェイクスピア道カンパニー」が描くシェイクスピアは独創的だ。着物をベースにした衣装に能面を組み合わせ、独自の“和製シェイクスピア”を確立している。
「シェイクスピアと日本の精神を掛け合わせた世界を、僕は『シェイクスピア道』と名付けています。戯曲に書かれている普遍的な本質を、あえて日本の精神文化を通して表現する。その方が、シェイクスピアの持つ美しさや深みがより立体的に際立つと信じているからです。
彼の作品は400年前に書かれたものなのに、いま現在の話なのか未来の話なのか分からなくなるほど普遍的。戦争の悲劇など、むしろ今の時代にこそリアルに刺さるメッセージが詰まっています」。
今やヨーロッパ各国から上演のオファーを受けるほどの評価を得ているが、ここに行き着くまでの下積み時代は長かった。
「30代後半までは、舞台の合間にあらゆるアルバイトを掛け持ちしていました。焼肉店、喫茶店、焼き鳥店といった飲食店はもちろん、工場、引っ越し、警備員、ビルの窓拭き……。
僕は飽きっぽいので、どれも長くは続かなかったのですが、あのとき色んな社会を見て、色んな経験をしておいて本当に良かった。そんな僕が唯一、飽きずにずっと続けられているのが俳優なんです」。
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