男たちを守った英ゴム産業の祖
新モデルを語る上で見逃せないのが、メンズが売れているという事実である。
ハンターは2005年、突如として女性のあいだで火がついた。火つけ役は、ケイト・モス。世界最大級の野外音楽フェス、グラストンベリー・フェスティバルに現れた彼女の足元にあったのが、ハンターだった。
このイメージに引っ張られて、銀座のフラッグシップストアは女性客で賑わってきたが、歴史を振り返ればハンターほど男臭いブランドもそうはない――。
創業者はアメリカの実業家、ヘンリー・リー・ノリス。1856年にスコットランドにわたり、前身となるノース・ブリティッシュ・ラバー・カンパニーを設立すると、キャッスル・シルク・ミルズを拠点に操業を開始した。キャッスル・シルク・ミルズはその名のとおり、元は絹織物工場だった。
ノリスはバルカナイズ製法を構成する特許を次々と取得していった。そうしてブーツを筆頭にゴルフボール、湯たんぽ、ホース、ゴムシート……といった具合に思いつくかぎりのゴム製品の製造に乗り出し、4人でスタートした会社は1870年代には600人規模に成長した。
ベンチャー企業の創業期としては申し分のない滑り出しである。ノリスにはゴム産業に関する相応の知識や人脈があったと考えるのが自然だろう。ひょっとしたらグッドイヤーとも親交があったかも知れない。
ではなぜ、スコットランドだったのか。これまた推測の域を出ないけれど、若きノリスは産業革命を成し遂げた英国のポテンシャルを買ったのではないか。彼の読みが正しかったことは歴史が証明している。母国アメリカがその産業を花開かせるにはなお半世紀を要した。
第一次世界大戦では英国陸軍省より制式採用される。この注文に応えるために工場は24時間態勢で稼働した。納品したブーツの数はゆうに100万を超えたといわれている。軍との蜜月の関係は第二次世界大戦下においても続いた。
最盛期には8000人の従業員を抱えた。始業・終業のサイレンはその町で暮らす人々のリズムになったという。ヨーロッパ・ゴム産業の礎を築いたといって過言ではない。
平和な時代が訪れて、1956年、満を持してリリースしたのが「オリジナル グリーン ウェリントン ブーツ」、のちの「オリジナル トール ブーツ」だった。
フィールドに根を下ろしたハンターは1977年にエディンバラ公フリップ殿下、1986年にエリザベス女王からロイヤルワラントを授与され、その地位は決定的なものとなる。
ケイト・モスもひれ伏すアイコンがチャールズ3世だ。チャールズがハンターを履いた姿は2018年にも撮影されている。鶏の世話をしているシーンだった。
[問い合わせ]ハンタージャパン カスタマーサービス0120-563-567https://www.hunterboots.co.jp