ガシャーン、ガシャーン。けたたましい旧式シャトル織機の音が鳴り響く製織工場。「この機(はた)から悪いものは絶対に出さない」。職人の誇りが、一枚の布に刻みこまれる。
「NIPPON CRAFT QUEST」とは……▶︎
すべての写真を見る世界のデザイナーはなぜ岡山・児島のデニムに惹かれるのか。
職人の手による「デニムブルー」と、それを一本のプロダクトに仕立てる高度な縫製技術。また、デニムを未来永劫楽しむためのサステナブルについて。
一針入魂、デニムとクラフツマンシップの最前線。
デニムからジーンズへ。半径5km、職人たちのバトン
「ええもん作らんと、仕事にならんから」と話すのは職人の内田さん。長年児島で生地作りに向き合ってきた大ベテラン。
岡山駅から車で30分。児島ICを降りると“ジーンズの聖地”と書かれた看板が目に飛び込む。かつて学生服の製造で鳴らしたこの町は、60年代にジーンズへと舵を切り、今や世界が指名買いする一大産地へと成長した。
その強さの源泉は、半径5km圏内に糸の染色、製織、縫製、加工のプロが密集する分業制にある。今回訪ねた「ジャパンブルージーンズ」も、この輪のなかで職人と信頼関係を築き、ものづくりを重ねてきた。
テキスタイル生産部の池上さん。児島特有の分業制を活かし、無限にある組み合わせから最適な工程を選択する。
生地開発の最前線に立つのは、テキスタイル生産部の池上あさこさん。彼女は言う。「デニムは農産物のように繊細だ」と。

植物由来の糸は、天候や湿度、ロットの差で表情を変えるため、現場では常に素材との対話が欠かせない。そして何より、織機の“機嫌”もある。
70年代に製造された豊田自動織機の「GL-9」。「ジャパンブルージーンズ」では、稼働機のほか部品取り用の個体も保有する。
現場の主役は、豊田自動織機の「GL-9」をはじめとする旧式のシャトル織機。既にメーカーの部品供給は止まっており、故障の際は部品取り用の個体からパーツを移植することで、その命をつないでいる。
旧式シャトル織機は、1日フルに稼働しても生産量は約50m。ジーンズに換算すると20本程度にすぎない。ノンセルビッチの最新機はその25倍、1000m超を生産する。
当然、毎日が万全とはいかない。職人は織機の機嫌を伺いながら、駆動音のわずかな違いから異変を察知する。そして織り上がりにそっと手を添え、打ち込み本数のブレを感じ取る。
耳で異変を拾い、手で仕上がりを決める。どれほど最新の設備を導入しても、この感覚は置き換えられない。
若いスタッフが多いのも児島のデニム産業の特徴だ。

そうして整えられたデニムは、近隣の縫製工場へと運ばれる。ここではパーツ縫製やベルト付けなど工程ごとに役割を分担するが、決して無理に数を追わない。粗さや拙さが「アジ」になるデニムの世界において、雑みに頼らず丁寧に縫い上げる。それがこの土地の流儀。
ジーンズのスレーキ作り。破れや破損があると厄介な部位だけに、より丁寧な仕事が求められる。
レザーパッチの縫い付け。加工に響く素材は、劣化を防ぐため、縫製工場で形を整えてから加工場へ出し、再び縫製工場に戻る。児島ならではの距離感が、このフローを可能にしている。
前の仕事を踏まえ、自らの持ち場をやり切り、次へと託す。その積み重ねこそ、児島が“ジーンズの聖地”である由縁だ。
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