再度の刃物騒ぎに不意打ちのキス、そして……
山谷で刃物を向けられたのはその一度ではなかった。明治通りを歩いていると60歳前後のホームレスに声をかけられた。手にはクシャクシャのコンビニの袋を持っている。
「すまんけど時間を教えてくれる?」
携帯電話を見て時間を教えると、「ありがとう、ありがとう」と何度も感謝された。
「今後、お前になにかあったら、俺が守ってやるからな、これで!!」
そう言うとコンビニ袋から果物ナイフを取り出した。
「お前になにかあったら、俺が守ってやるから!! こうやって!! こうやって!! こうやって!!」とブンブン振り回す。
思わず制止しようとしたら、「なにが危ねえだ! お前は誰だ!」と逆上されたので、慌てて逃げてやり過ごした。

ある意味、その2件よりキツかった思い出もある。裏通りを歩いていたら、「兄ちゃん!」と呼び止められた。振り向くと五十がらみの酔っ払ったオッサンだった。
「なんですか?」と言うまでもなく、オッサンは抱きついてきて、不意にブチューとキスされた。文句を言おうにも、オッサンはヘラヘラ笑ってるだけでしょうがない。ハッテン場でもないのに、そんな目に遭ってすっかり萎えてしまった。

またあるときは真夏に山谷を歩いていたら、ずいぶん顔色の悪いオッサンが寝ていた。ただ土気色の人はちょいちょい見るので通り過ぎたのだが、あとから戻ってくると救急車に搬送されていた。
野次馬に話を聞くと、「なんか死んでたみたいよ」ととても軽く言われた。取材中に亡くなっている人を見たのは、樹海以外では初めてであった。
5/5