
イタリア。そこは世界最高峰のファッションの聖地であると同時に、情熱的なサッカー大国でもある。 今回お話を伺ったアルファPRのプレス・新井慶太さんは、かつて本場のセリエのピッチに挑み、契約を交わした異色の経歴を持つ人物だ。
サッカー一筋の人生を歩んできたように見える新井さんだが、その裏側には、競技への情熱に勝るとも劣らない「洋服」への深い愛があった。彼のクローゼットに並ぶリーバイスには、アスリートとしての背景と、イタリアで培われた独自の審美眼が凝縮されている。
【写真18点】「イタリア帰りの業界人が辿り着いた、ユーロ製リーバイスの深淵」の詳細を写真でチェック 紹介してくれたのは……
新井慶太(あらい・けいた)●大学中退後に渡伊し、厳しいセリエの入団テストを経てイタリアのフィレンツェのチームと契約。その後帰国し、バーニーズ ニューヨークへ入社。プレスとしてドレスの基本からモードまでを学んだ。現在は、アルファ ブランド コンサルティングで国内ブランドのPRやプロモーションを担当。
鍛え抜かれた「太い脚」が、ジーンズ選びの原点だった
かつてイタリアのセリエAが“世界最強リーグ”と呼ばれていた時代。日本人としてその地で輝きを放った中田英寿さんの功績は、引退から約20年が経つ今も現地で語り継がれている。中田さんの引退後、その背中を追うように新井さんは21歳で大学を中退し、単身イタリアへ渡った。

「当時はまだ本田圭佑さんや長友佑都さんが欧州へ渡る前の時代。フィレンツェのチームと契約し、街を歩けば『ナカータ!』と声をかけられました。彼の偉大さを肌で感じながら、サッカーに明け暮れる日々でしたね」。
サッカーに没頭する一方で、新井さんは中学時代からファッションにも強い関心を寄せていた。転機となったのは、学生時代に選抜チームの一員として参加したオーストラリア遠征。同世代の現地選手たちの着こなしに衝撃を受けたという。
「彼らの制服スタイルがとにかく格好良かった。ブレザーに短パンをさらりと着こなしていて。当時の日本では腰穿きなどのルーズなスタイルが主流でしたが、彼らのスマートな佇まいを見て『こっちの方が断然いい』と直感したんです」。
帰国後、ジャケットスタイルに興味を持った新井さんだったが、学生の予算では手が出ない。そこで頼ったのが古着だった。しかし、ここでアスリート特有の悩みに直面する。

「典型的なサッカー選手の脚だったんです。当時は太ももの周りが60cmほどあり、細身のパンツが全く入らない。自然とデニムは、太いシルエットが選べるリーバイスの501や550が、当時の僕のファッションを支える主軸になりました」。
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