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愚直なバトンリレー

創業は1890年。職人、エドワード・グリーンが3人の息子とともにノーサンプトンに構えた工房がその始まりだ。確かな腕前で時をおかず英国紳士が一目置くブランドへと成長した。
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しかしながら古き良きものづくりは次第に時代の片隅へと追いやられていく。アジアが生産拠点として名乗りをあげると、煉瓦で造られたエドワード グリーンの屋台も傾いた。

すんでのところで手を差し伸べたのがイタリアでシューデザイナーとして活躍していたジョン・フルスティックだった。フルスティックは負債額+1ポンドでこの老舗を買収した。
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フルスティックは紳士靴といえばブラックしかなかった時代に手染めのブラウンを世に送り出して固定観念を覆した男だ。業界にはその大胆さを危ぶむ向きもあったが、エドワード グリーンのトップに立ってからの彼は愚直なものづくりを突き詰めていった。



満を持して誕生させたのがインサイド・ストレート、アウトサイド・カーブという足なりのラスト、202だった。内に振り、土踏まずを絞り込んだラウンドシェイプはすべてのラストの礎になったとまでいわれている。

ポルシェ911のオーナーであるフルスティックは生前、次のように語っていた。

「911は一目でそれとわかる顔を守りつつ深化させていく。わたしがつくりたいのは、そういう靴だ」

フルスティックの遺志はたしかにヒラリーに受け継がれた。草葉の陰で喜んでいることだろう。
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