連載「カレー人類学」とは……今なおブームが続く「町中華」。安くて旨くてどこか懐かしい、地元に根付いた気取らない店が注目を集めている。オムライスに焼きそば、ポークソテーと、中華料理の枠を超えた“何でもあり”なところも人気の理由だ。
「町中華は、カレーの聖地でもあるのです」。そう豪語するのは、全国4000軒に及ぶカレー行脚を成し遂げた男、カレー細胞さん。
レトロだけれど新しい、庶民派だけれど唯一無二。二度、三度と味わいたくなること間違いなしな「町中華カレー」の名店を紹介する。
【写真10点】「中華×スパイスの華麗なる融合」の詳細を写真でチェック 案内人はこの方!
カレー細胞●カレーキュレーター。日本全国はもちろん、アジア・アフリカ・南米に至るまで、4000軒以上のカレー店を渡り歩いてきた。カレーカルチャーの振興に向けた活動を精力的に行っている。雑誌やWeb連載のほか、「マツコの知らない世界」(TBS)などTV出演多数。映像クリエイターとしての顔も持つ。
「町中華」の魅力と言えば、ジャンルレスな懐の深さでしょう。戦後まもなく開かれた大衆食堂が前身なだけあって、ラーメンや餃子はもちろん、オムライスなどの洋食もオーダーできてしまう。もちろん、カレーだって食べられます。
カレー専門店は大都市に集中していますから、その他の地域にとって、町中華は「外食としてのカレー」を楽しめる貴重な場。とくに「昭和の香り漂う“黄色いカレー”を食べたい!」という欲望をこの上なく満たしてくれるんですよね。
『幸福(しあわせ)の黄色いカレーを食べられるお店』(八重洲出版)を著した元祖カレー研究家・小野員裕さんも、去年お亡くなりになるまで、町中華に足しげく通っていました。なかでも志村坂下にある「永楽」のカツカレーが大のお気に入り。今年6月に同店で行われた「小野さんを偲ぶ会」では、後輩一同でその美味を嚙み締めました。
『堕落論』などで知られる文豪・坂口安吾も、実は町中華カレーと縁が深い人物です。その名も「ライスカレー100人前事件」という逸話持ち。親友・太宰治の自殺や暴力関係者に目をつけられるなど、ショッキングな出来事が相次ぎ、精神を病んだ安吾は被害妄想に陥ります。そしてなぜか、近所の料理屋に「ライスカレー100人分」を注文するよう、妻に命じるのです。
この突飛なオーダーに慌てふためいたのが、上石神井で今なお続く老舗「辰巳軒」。真っ赤な看板に「中華洋食」の文字が躍る、まさに昔ながらの町中華です。事件から74年が過ぎた現在も、安吾が頼んだものとまったく同じレシピのライスカレーを味わうことができます。ほんのり酸味を感じるカレーに、ガツンと衣がついた分厚いカツを合わせるともう最高! 安吾が巻き起こした騒動に思いを馳せつつ、長い歴史共々味わってみてください。
カレー研究家に文豪、そしてもちろん庶民からもこよなく愛されてきた「町中華カレー」。
ノスタルジックで親しみ深いあの味に、ひねりを加えた“ネオ”なお店も見逃せません。既存のイメージを軽々と飛び越えていく、必食の3軒へご案内します!
① 華僑が愛する本場の“中華式咖喱飯”!
「香美園 民生支店」

町中華と言えば“庶民の味”ですが、神戸・みなと元町の路地に佇む「香美園」はひと味違います。南京町で一番の老舗広東料理店「民生」、そのオーナーの弟さんが1967年にオープンした兄弟店で、メニューには、広東の家庭料理がずらり。
そして1960年代のオープン当初、店を賑わせていたのは、観光客ではなく華僑の方々⋯⋯。そう、こちらは“本場・中国における庶民の味”を堪能できるお店なのです。
カレーももちろん広東スタイル。「中華式咖喱飯」と呼ぶべき本格派です。お店のSNSに「広東料理店なのにカレーの注文が多過ぎ(笑)」と書かれているように、お客さんの半数以上がこの味目当て。それくらいクセになる美味しさなんです。
ごらんください、この美しいツヤ!
「中華カレー(カレーライス)」1人前860円。生卵は+70円、目玉焼きは+80円でトッピングできる。
とろっとした黄色い海のなかに、豚肉、玉ねぎ、じゃがいもがたっぷり。豚肉は薄切り、玉ねぎは刻んで炒めずくし切りに……と、具材の形も日本のスタンダードとはちょっと違うのが興味深いですね。
とろみがありますが、口当たりは意外にもサラリ。濃厚な味わいでありながら、二日酔いで疲弊した胃にもスルッと入ってもたれません。目玉焼きをトッピングするのもおすすめです。黄身のコクがめちゃくちゃマッチしますよ。
ちなみに広東では、咖喱飯は庶民の家庭料理。言うなれば卵かけご飯のような位置づけです。そのため当初は「レストランで提供していいものか」と躊躇されたそう。
ところが、思いきって出してみたところ日本人に大ウケ! 永遠不動の大名物になるなんて、誰も想像できなかったに違いありません。
胃に余裕があれば、本場の広東料理もぜひご賞味ください。私がいつもカレーとセットで注文するのは「雲呑」。澄んだスープに浮かぶ、お肉がみっちり詰まったぷりぷりの雲吞がたまりません!
神戸というと、モダンでハイカラで、ちょっとすかしたイメージがあるかもしれませんが、路地裏にはこんな奥深い名店がひしめいているのです。
テレビで競馬中継が流れる店内も庶民的。
十何席だけのごくごく小さな店内で、競馬新聞をバサバサさせているおじさんたちと一緒に“庶民の味”を満喫する。これもまた、神戸の心にくい楽しみ方なんです。
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