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「逃げずに描いた」その覚悟が、日本映画の未来を変える

――「コロナを描くのは日本映画ではタブー」とも言われますが、なぜだと思いますか?
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正確には、タブー視されてきただけだと思うんです。映画がビジネス化しきっていることが問題ですが、業界側の売上重視に染まった判断が先行して、社会の気持ちを丁寧に拾えてこなかっただけなのかもしれません。

この数年、コロナを扱った作品は数多く生まれましたが、これだけのスケールで正面から事実を描いたものは本作が初めてだと思います。未だ後遺症に苦しまれている方、大切な人を失った方もいらっしゃる。そのことを考えるたびに、覚悟を持ってともに今作に向き合った、ひとりひとりの顔が浮かびます。
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「ネガティブなことには触れずに、前を向いていきましょう」という考えがビジネスの主流を占めていることは、映画界にだけに限らないですよね。その点、今作は、売れた原作もなく、莫大な予算でコロナを題材にしており、タブーに踏み込んだ大きな挑戦だったのは間違いない。

興行予測的なリスクも大きかったはずです。このチームでこの映画を作り上げ、届けられたことが誇りです。

――クルーズ船での集団感染、そしてSNSや報道の反応も非常にリアルに描かれていました。あの描写について、どう感じましたか?

© 2025「フロントライン」製作委員会

© 2025『フロントライン』製作委員会


現代のSNSや報道の疑うべき面を、臆さず正面から描いていることは素晴らしいことだと思います。ダイヤモンド・プリンセス号を描くことはパンデミックを描くことで、パンデミックを描くことは現代社会の縮図を描くことでもある。

混乱や、誹謗中傷、それに翻弄される私たち。この作品が、単に困難があって乗り越えた、という一面的な映画ににならなかったのは、あの描写があることが大きいと思っています。

脚本を書かれたプロデューサーでもある増本さんは、元テレビ局の方です。報道のあり方について表現するのは、きっと大きな覚悟が必要だったはず。人の愚かさと、善意という可能性、両面を誠実に描いていたのがとても印象に残りました。

――日本で起きた出来事を、日本映画として描くことの意味は?

社会性を孕んだうえで、メジャーなエンタメ作品としても成立させている。それだけでも、この映画の意義は、今の時代において非常に大きいと思います。

蓋をして下の世代に課題をスライドせずに、信念や志を伝え、間違ったことも伝える。この映画が次の時代の希望となり、誰かの生きる力や、現実を変える力となれるのではと思っていますし、そう願って取り組んでいました。
5/5

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