樋口監督「どうせやるならチャレンジしたい」
そもそも特撮とは、ミニチュア模型を使って大規模なシーンを演出したり、デジタル生成した映像を組み合わせて本物かのように見せたりする撮影技術のことを指します。模型の精度や規模、手間のかけ方によって製作予算が変わり、ある意味では”調整がしやすい“と言えますが、あまりに予算を抑えようとするとニセモノ感が強まってしまいます。
そのことを誰よりもわかっているであろう樋口監督が、Netflix側に「予算に関して無茶は言えないものの、どうせやるならチャレンジしたい」と伝えたところ、その気持ちは一致したそうです。Netflixが4月21~22日に開催したAPACプレス向け「フィルムショーケース 2025」では、「30年以上この仕事をしていますが、これほどまで挑戦できたことは初めてだった」と明かしていました。
実際、日本の映像業界の常識を塗り替えるような撮影現場だったとか。一般的な特撮では、ミニチュア模型は実物の10分の1もしくは25分の1のサイズに限られますが、本作では実物の新幹線の6分の1サイズのミニチュア模型が作られています。
また車内シーンでは、本物の新幹線と同じ素材を使って2両分の車両を完全再現しました。これは50メートルプールとほぼ同じ長さにあたる巨大セットです。さらに、走行中の新幹線の姿を活写するため、特別ダイヤで専用の貸し切り臨時列車を7往復走らせてベストの映像を切り取りました。撮影用であれば普通は1、2往復が限界と言われていますが、本作はリアリティを出すためにこだわり尽くしたのです。
ニセモノ感がまったくない。特撮を駆使し、日本の映像業界の常識を塗り替えるような撮影現場だったという(画像:Netflix)
とあるシーンからは、損傷した姿の新幹線が走行しますが、これにも樋口監督のこだわりが詰まっていました。「こればかりは滅茶苦茶なことを(VFXチームに)お願いしちゃった」と茶目っ気たっぷりに語り始め、「新幹線に傷がつくことによって、人に対するように新幹線にも感情移入できるんじゃないかと思ったんですよ」と説明していました。まんまと新幹線をもう1人の主役のように感じますから、樋口監督の狙い通りです。
特別協力のJR東日本とせめぎ合いも
JR東日本が特別協力したことも本作の話題の1つです。これによって、実際に運行されている列車を舞台にでき、リアリティと没入感が増しました。一方、時に「リアルと理想とのせめぎ合いがあった」ことも樋口監督は吐露しています。JR東日本から「実際の乗務員はその速さで話さない」「信号が点滅する順番が違う」などと細かく指導を受け、編集が終わった後でも修正を行うケースがあったといいます。
劇中では現実には起こりえないようなシーンも多々あります。そんな時も「映画だから何でもアリ」と強引に進めず、かと言って簡単に諦めずに「現実で起こったとしたらどうなのか」「どうすれば想定した場面を作り出せるのか」とJR東日本と話し合いを重ねたのです。
たとえ苦労話であっても終始、心から楽しそうに撮影現場を振り返る樋口監督の姿も印象的でした。新幹線そのものに特別な思い入れがあったそうです。子どもの頃に過ごした茨城県古河市は、東北新幹線の試験走行に使われる実験線が通る場所。その高架下を毎日くぐりながら学校に通っていたそうです。「運命を感じてます」という思いは、本作の徹底された映像技術力につながっているような気がします。
『シン・ゴジラ』などを代表作に持つ特撮映画の第一人者、樋口真嗣監督が限界突破に挑んだ(画像:Netflix)
本作は4月23日の配信以来、アメリカやアジア、ヨーロッパ、アフリカなど世界各地で幅広く視聴され、初週から80カ国で週間ランキングに入りました。昨年ヒットした実写版『シティーハンター』(鈴木亮平主演)に続く、日本発Netflix映画の成功例だと言えます。
強いて注文をつけるならば、爆弾を仕掛けた犯人が明かされるパートの脚本が玉に瑕です。爆弾を解除するための身代金として犯人が1,000億円を要求した背景の描き方が甘く、登場人物たちの心情を汲み取りにくくさせています。残念な点ではありますが、日本の映像技術の限界値に迫った特撮クオリティの高さは申し分ないものです。たとえ特撮に興味がなくても、映像力に圧倒されるはず。パニック映画が好きな人を一人残らず楽しませようとする勢いを感じます。