③ 2024年を代表する曲になったケンドリックの『Not Like Us』
まだ足りないケンドリックは翌5月4日、『Not Like Us』というディス曲をリリース。この曲はいわゆるウエストコースト的なノリの良いビートで、結果的に2024年を代表する曲となった。
ドレイクをディスる過激なリリックではあるが、ケンドリックの出身地LAだけでなく、アメリカ全体をまとめ上げるポジティブな曲へと昇華させたのもすごい点である。
というのも、『Not Like Us』の「Us」という単語は直訳すると「我々」という意味だが、「US」と大文字で記すと「アメリカ」という意味になるのである。
2024年を代表する曲『Not Like Us』を生み出したケンドリック・ラマー。
ドレイクはカナダ出身なので、このビーフを「アメリカ対カナダ」にすることによってHIPHOPの発祥地であるアメリカ全体を味方につけてしまったのだ。
また、「HIPHOP文化の象徴であるケンドリック」対「商業的なHIPHOPを象徴するドレイク」という構図でもあったので、『Not Like Us』の直訳の意味である「我々とは同じではない」というタイトルの中に「ドレイクはHIPHOPではない」というニュアンスも入れ、HIPHOPファンすらも味方に付けた超好プレーなのである。
引き下がらないドレイクの負けん気も強く、5月6日には『The Heart Part 6』をリリース。しかし、リリックがあまりにも弱いのにも関わらず自身がビーフに勝ったと宣言したこともあり、多くの酷評が付いてしまい、多くの人がケンドリックの圧勝という認識でHIPHOP史上最大級の歴史的なビーフが幕を閉じた。
しかし、正式にビーフは終わっているわけではなく、お互いにまだ「スニーク・ディス(密かにディスる行為)」を繰り返しており、今後の動向も注目を集めている状況だ。
歴史的ビーフの中でリリースされた多数の曲の中でいちばんヒットした『Not Like Us』が 2024 年を代表する曲になったのにはいくつか理由がある。
まずドレイクにトドメを刺した曲であるという点。次に、ビーフの最中にリリースした曲は互いに落ち着いたビートが多かったが、『Not Like Us』はかなりノリが良く、いわゆるウエストコーストサウンドを存分に取り入れた曲だった。ネガティブな内容にも関わらず踊りやすい感じに仕上がったことで、「HIPHOPとアメリカが勝利した曲」という認識が付いた、アンセム的なものとなったのだ。
さらに、大学の卒業式、教会、結婚式など、さまざまなセレモニーなどに使われるほどアメリカ全土で盛り上がりを見せたのだ。わかりやすいところでは大谷翔平選手が所属するドジャーズの紹介動画の曲にも抜擢されたぐらいである。
6月19日は2年ほど前に、アメリカにおいて正式に祝日として認定された奴隷解放を祝う日「Juneteenth」となったが、その日に合わせてケンドリックは地元に近いイングルウッドにあるキア・フォーラムという場所でコンサートを開いた。
そのコンサートでは最後に5曲連続で『Not Like Us』を流し、さらにロスで有名なライバルギャングであるクリップスとブラッズを筆頭に、さまざまなギャングメンバーをステージに上げて一緒に仲良く盛り上がるという一体感を生み出したのだ。
その日を境にロスのギャングシーンが一変して、手を取り合うピースマーチが行われるようになるなど、ネガティブな内容の曲をポジティブなものへと変化させる素晴らしさも見せた。
さらに、アメリカの独立記念日である7月4日に合わせて『Not Like Us』のMVをリリースし、爆発的な再生回数を獲得。この時点でビーフはケンドリックの圧勝という認識がさらに強まった。
奴隷解放を祝う6月19日、アメリカの独立記念日である7月4日。どちらもアメリカにとって重要な祝日であり、『Not Like US』の中に「お前はアメリカ人ではない!」と「お前は HIPHOP 文化を重んじない奴だ!」的なニュアンスを入れ、アメリカ全土とHIPHOPのファンを味方に付けるという大技でオーバーキルをしてしまったのである。
言うまでもなく『Not Like Us』は今年のベストラップソングとしてグラミー賞にノミネートされている。
4/5