研究対象として“沼”。底がまったく見えない
かように謎を解き明かして社会に役立つ道を模索する研究に加え、伊勢さんは、分類、進化、繁殖、生物多様性などの博物学的なアプローチも行う。
むしろ「世に役立つ発見」以上に、「よくわからない生き物」であることに好奇心をくすぐられていることを隠さない。
「日本の海のほとんどが未調査海域です。研究を始めた頃には“沖縄の海に潜ってたくさんのカイメンを見たものの、知見がなさすぎて何を見ているのかわからない”ということもありました。
そんな“何もわからない状況”から、あちこちの海に潜ってはカイメンを撮影し、採取して標本を作成するなどの研究活動を通して、少しずつデータを整理していきました」。
日々カイメンと暮らしていると、ときに人間社会の価値観では理解できないことが起きる。
「カイメンを細かく刻む実験があるのですが、バラバラにしたまま条件のよい環境に置いておくと、やがて凝集していきます。
それぞれの破片が独立して生きていますし、それらがくっついて1個体に戻ることがあります。再生能力が非常に優れているんですね。
また、同じ種の複数の幼生が融合して1つの個体になった報告もあります。僕自身もその現場を目にしたことがあるのですが、人間だと、右腕はAさん由来、心臓はBさん由来、他の部分はCさん、みたいなこと。
そんな様子を目にすると「“自分”とは何?」といった問いが生まれたり。その答えを考え、探っていく過程がまた面白いのです」。
新種も今もって発見され続けている。2023年には沖縄の海底洞窟で発見した新種を発表し、「クラヤミモミジマトイ」と名付けた。体表を覆うと呼ばれるガラス質の小さな骨の形を、紅葉に見立てて名付けた和名だという。
そして現在拠点にする四国西南部には、過去にカイメンの研究例がない未知の海が広がっている。予備調査からは世界のどこからも見つかっていない新種さえ見つかっているといい、これからそれらの詳細を解明していきたいとする。
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