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周囲にどう思われてもいい



「芝居に正解はない、なんてよく言いますが……年を重ねるごとに、そのとおりだと思うようになりました。台本を読み込むのは大事なこと。でも自分の中で頑なに役を決め込んでしまうと、相手との会話が成り立たなくなってしまうんです。相手というのは共演する俳優であり、視聴者や観客でもある。

だから映画やドラマの公開時の会見で『作品を見て何を感じてほしいですか?』という質問が苦手なんです。何を感じるかは、観客それぞれですね。オーソドックスな作りのラブストーリーでも、それを見た人がラブストーリーと受け取るかどうかはわからない。どんな作品も、世に出たらお客さんのものなんです」。

そんな坂口さんだが、若い頃は少しだけ、肩に力が入っていた。

「昔は、自分で自分をしんどい方向に向けていたのかもしれません。坂口健太郎という名前が世間に広まるにつれて、『自分ではない誰かが売れている』感覚に陥って。本当の自分はこうなんだ、こう見てほしい。そんな気持ちを外に向けてしまうこともありました」。

例えて言うなら、背負ったリュックに自分で石を詰め込んで、身動きがとれなくなってしまっているような感覚。だが今は、掴んだ石をふっと手放すことができるようになったという。



「俳優としての何かを誇示したいという気持ちは、もうありません。今はすごく楽になりました。極端な言い方をすれば、周囲にはどう思われてもいいかなと(笑)」。

そんなふうに思えるようになったのは、ある舞台の仕事がきっかけだった。初演が実に1896年という、チェーホフの『かもめ』。世界各国で演じられてきた古の戯曲である。坂口さんは2016年に、この舞台に出演した。

「参考資料や映像を見て勉強したほうがいいか、演出家さんに聞いたんです。その答えは『どちらでもいい』という意外なものでした。

演出家さんいわく、参考資料を見たら“見た坂口さん”の演技になる。見なかったら“見なかった坂口さん”の演技になる。ただそれだけのことで、どちらでも構わないのだと。

古今東西の、何千何万という俳優が演じてきた役。ただどんな名優も唯一演じることができないのは“坂口さんの演技”なんだ、と。それを聞いたときに、俳優という仕事の扉が少し開いたような気がしたんです」。


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