多様な人材が増えた
「町にとって子どもの声は喜ばしいこと」だと言う佐久穂町役場 総合政策課政策推進係 係長の市川智英さんは「役場は、大日向小学校と地元の方々との繋ぎ役」を担ったと話す。人口減少や少子化で、その地区に6校あった公立小中学校は1校に統廃合された。
その後、学校跡地の利用検討委員会が開かれ、「子どものために活用してほしいという方向性がうまくマッチした」というが、子どもが減り、学校が1校となった町に新たに私立校を作るというのは画期的な決断だ。最初はどんな人たちが来るのかという心配の声もあったが、交流の機会を大切にしながら両者が関係性を育んだという。
大日向小中学校の影響で「元々いなかった多様な人材がすごく増えたというイメージがある」と市川さんは言う。地域おこし協力隊や集落支援員のような事業では学校関係者の雇用が増えたそうだ。
さらに、昔は林業で栄えた繁華街がシャッター街になっていた東町商店街の空き店舗を利活用し、保護者たちが新しい店を次々とオープンしているという。その中の一つ、「カフェ&バー、シェアスペース、子どもの居場所」としての幅広い機能が備わる「KOKYU(呼吸)」は、一昨年7月の開業以来「地域のコミュニティ作りの場」になっているとオーナーの谷崎麻紗さんは言う。
「日替わりオーナー制」の導入や移住者のためのワークショップの開催、店内には子どもたちが放課後に立ち寄りくつろぐことができる「みんなのおうち」がある。雄大な景観を目の前に望むサウナも完備し、宿泊施設を作る計画も進行中だ。
約1万人が暮らす佐久穂町では、子どもたちがのびのびと育つ町として子育て支援にも力を入れている。廃校の一つを活かしたこどもセンターを2018年に開設。小中一貫の公立校では「9年間を通した指導カリキュラム」と共に、英語やキャリア教育を率先して行っている。出生率は減っているものの、入学の割合は減っていないと佐久穂町役場の市川さんは言う。「町や公立校に魅力を感じてくださって移住されている方々もいるのかも知れない」
佐久穂町役場 総合政策課政策推進係 市川智英さん
「浅間山、八ヶ岳、茂来山、千曲川など大自然に囲まれた美しさや、山の美味しい水が水道から出てくることの貴重さなど、移住者の人たちがこの町の魅力を再発見させてくれました。世の中の生活様式が変わってきている中で、昔のことが当たり前ではなくなってきています。この地に長く暮らしている人々と新しい人たちがさらに歩み寄っていければ。お互いが尊重し合いながら変わっていけるのが一番だと思っています」。
「自律した多様なコミュニティが人々の暮らしを支え、挑戦や行動を支援する町」を目指す佐久穂町では、まさに新たな文化を生み出すエネルギーと、それを柔軟に受け入れ共に築こうとする人々に見守られ、子どもたちがスクスクと育っている。
大日向小学校は、元々この地区で一番日当たりの良い場所に建てられていた小学校の廃校舎をそのまま使用している。廊下から全ての教室が見渡せるオープンで大きなガラス張りのオランダ式に、一、二階のみリフォームした。
写真・文:中西あゆみ
フォトジャーナリスト・ドキュメンタリー写真家・映像作家。東京とジャカルタを拠点に家族やコミュニティ、子どもたちを取材。人々に援助の手を差し伸べるパンクバンドの長編ドキュメンタリー映画はシリーズ化して制作・更新。