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言葉②言葉に出すことはすごく大事。言葉で相手を引っ張ってあげることもできるし、しんどさを楽しさに変えてあげることもできる


 Q:日本が世界を驚かせた2015年のW杯の話も聞かせて頂きたいのですが、南アフリカ戦は日本スポーツ史に残る歴史的勝利となりました。エディー・ジョーンズ監督(24年から日本代表監督に復帰)の指導でチームの何が変わったのですか?

意識の変化というのは1つあると思いますし、それによって日本ラグビーはすごく良くなったと思います。パワーやサイズといった能力の部分では世界より劣りますが、「小さくても戦える」という意識をエディー・ジョーンズが植え付けてくれました。

具体的には、南アフリカを相手に、80分間走れるチームを作ってくれたわけです。相手が大きくて1の仕事しかできないのを、体が小さければ2の仕事をすれば相手より上回れるというのを、結果としても証明できたので、日本人の良さを最大限に出せた試合なのかなと思いますね。



Q:田中さんは世界で勝てない時代の日本代表も長く経験しています。リーダーとして、時に嫌われ役を担ってでも、そうした雰囲気作りを求めていったのですか?
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僕は引っ張って、常に声をかけ続けましたね。当たり前ですけど、全員がやる気がなければそこで終わってしまいますし。でもやっぱり何人か意識が高い選手がいれば、日本人の良い部分であり悪い部分で、ついていくんですよね。そして、仲間がついていくとなれば「じゃあ、俺も」っていう流れができる。

2015年までは、リーチ・マイケルや堀江といったリーダー陣が声をかけて「じゃあ、一緒にやりましょう」っていう感じだったんですけど、2019年のW杯の時には「自分たちで行こう」「俺も行くけどどうする?」「行こう」「行こう」ってそのリーダーがすごく多くなった。それが、今の日本ラグビーの良い部分だと思いますし、日本ラグビーが世界にワンステップ、ツーステップ近づいた証拠だと思いますね。



Q:後輩や組織を「引っ張っていく」というのは、ビジネスにも通じる考え方だと感じます。

 シンプルに「ワンチーム」の気持ちですね。「僕たちはチームなんだ、家族なんだ」っていう。僕の中では家族ですね。ラグビーでは、ファミリーっていう言葉とかブラザーっていう言葉を使いますけども、家族ってすごく大事じゃないですか。

ファミリーという思いで括ってると切り捨てることは絶対しないし、「一緒にレベルアップしていこう」っていう声がかけられるんです。だからこそワンチームとかファミリーとか、ブラザーという言葉は常に使っていましたね。



 Q:「言葉」「声かけ」の大切さですね。

そうですね。それも、海外で学んだことなんですけど 「Hey, Bro!」みたいな感じにフレンドリーに接していると、自然と本当の兄弟のような感覚になってきますし、喧嘩しても、「Sorry, Bro!」って仲直りもできるんですね。日本人の性格上、人に伝える事が苦手な人もいると思うんですが、言葉に出すことっていうのはすごく大事だと思うんです。言葉で相手を引っ張ってあげれば、しんどさも楽しさに変えてあげられるんです。

例えば、100mを100本走るとなった時に「しんどいな」って周りが言っていたら当たり前ですけど、しんどいです。でも、周りが「よし、あと90本。みんなで声出していこうよ」って言うだけで、「よし!」ってなるんですよ。そうした部分は会社などでも、共通しているんじゃないかなと思いますね。



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言葉③アピールは成長のために必要。出会う人の数が増え、新しいことを知るチャンスも増える


Q:田中さんは全国を回り、ラグビーボールを子供たちに寄贈する活動をされていると聞きました。子供を指導する機会も多いと思うのですが、教える上で大切にしていることはありますか?

僕自身が一番大切にしている「楽しむ」ということはもちろんですが、僕が常に言っているのが「自分をアピールしてほしい」ということです。

僕に対してもそうですし、周りの仲間にもそうですし、アピールっていうのはこれから成長して生きていく上で必要になってくると思うんです。「自分を人に知ってもらうことで、人とのつながりも増えるし、自分というものを成長させてくれるんだよ」という言葉で伝えるようにしています。


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Q:自分を出したり、1歩前に出ることが苦手な人は少なくないと思うのですが。

難しいですよね。 僕もすごく人見知りで、自分から喋るタイプではないんですけども、僕は「ラグビーのため」と思うと、どんな人でもどんな時でも、いろんなコミュニケーションは取るようにしていますね。

自分に何か1つ、「なぜしないといけないのか」「なぜした方がいいのか」というのを持っておくと良いかもしれないですね。難しいですけど、自分の中に、何か自分ルールみたいなものを持っておくといいのかなと思います。



Q:2011年のW杯で田中さんが感じた「罪滅ぼし」という思いから、日本代表は強くなり、世界からの目も大きく変わりました。日本ラグビーをけん引してきた立場として、次世代を担う後輩に思うこと、期待することはありますか?

少し厳しい言い方になりますが、勘違いしてるプレーヤーもいると思うんです。日本代表が南アフリカに勝ったり、アイルランドに勝ったり、W杯でベスト8になったりしていますが、1人1人の選手が本当に人生を賭けて、体を張って努力して、掴んだのが日本代表のそうした結果なんです。

並大抵の努力では絶対にその座は勝ち取れないんですよね。そこを勘違いせずに、努力してほしいですし、誰かのために、そして日本のために体を張ってブレイブブロッサムズを背負っていってほしいなと思いますね。



Q:最後に、今後の目標をお願いします。

目標というより、活動なのかも知れないですが、日本の皆さんにラグビーの素晴らしさを知っていただきたいですし、子供たちにラグビーを通して人生のあり方、スポーツの素晴らしさを伝えていきたいなと思います。

Q:田中さんにとって、ラグビーの魅力を教えてください。

 誰でもヒーローになれることです。大きい人、背の高い人、僕みたいに小さい人、足が遅くても速くてもみんながトライも取れますし、スクラムがあったり、ラインアウトがあったり、キック、キックキャッチ、タックル。みんなが主役になれるスポーツなのかなと思います。

大人数のスポーツなので、仲間も一気に増えますし、23人、全部で46人いるんで一気に45人の仲間、ブラザーが増えるようなスポーツかなと思いますね。



田中史朗(たなか・ふみあき)1985年1月3日、京都市生まれ。中学1年の時にラグビーを始め、伏見工―京産大を経て三洋電機(現パナソニック)に加入。広い視野で1年目から活躍すると、08年に日本代表に初選出され、同年のアラビアンガルフ戦で初キャップを獲得。11年、15年、19年とW杯には3大会連続で出場した。日本代表キャップは75。13年にニュージーランドのハイランダーズと契約し、スーパーラグビーに日本人として初めて出場。15年に優勝を経験。19年にキヤノン移籍、21年からはNECでプレーしている。

Kondo Atsushi=写真
記事提供:THE WORDWAY

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