他と一線を画す、“線香”を使う表現方法
描くと決めてからは早いが、作品のイメージをまとめるのに、3〜4カ月はかかるという。
彼独自の線香画はどのようにして生まれたのだろうか。
「表現方法を探して試行錯誤を繰り返すうちに、焦がすといった技法を行きつきました。線香はその道具として優秀だったんです。物によって温度の違いがあり、焦げ色の濃淡でグラデーションを生み出すことができるんです。狙った焦げ色が出せるように、和紙も特殊なものを使っています」。
市川さんにとって創作活動とは、自らの記憶を“形”として残すこと。それは彼の波瀾万丈な青春時代が起因する。
「僕はこれまでの人生で、ひとつの場所に長く留まった経験がないんです。おそらくそれができない性分なんだと思います。
ただ一方で、自分がそこから居なくなったあとも、日常は変わらずに続いていくという事実に寂しさも感じていました。だからこそ日常の些細な瞬間をずっと残したいと思うようになったんです。そのイメージを形にしていく作業が、いつしか作品作りにつながっていきました」。
形にしたものを作品として展示するのも、消失への不安からだという。
「いくら作品に劣化を防ぐ処理をしたとしても、永遠に無くならないとは言い切れません。展示することで人が観てくれたら、誰かは覚えておいてくれる。それだけで安心感が得られるので、作品を発表することに意味を感じて、アーティスト活動を続けています」。
何かの像がぼんやりと浮かび上がるこの作品、実はニルヴァーナの「Smells Like Teen Spirit」のミュージックビデオの一場面。画法は古典技法のテンペラ画をアレンジし、宗教画の様式に則って描いている。80、90年代はミュージシャンが神のようにアイコン化されていたことに着想を得た。
和紙を線香で焦がす、重ねた絵の具を削るといった表現方法は斬新だ。しかし絵画のつくりとしては、古典的な構成にすることを意識している。
「破天荒に見られますが、僕はルールとか型が大好きで、自由が大嫌いなんです。僕の作品にもそれが表れていると思います。ほとんどが額の中に縛られているし、絵画という表現方法から逸脱しないように作品を生み出します。絵画に自由を求めてしまうと、取り止めが無くなって“自由の根源”が守られなくなると思うんです」。
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