木を育てながらものづくりをする。この小さな輪を強くしていきたい
編集部 2019年からは、山間地の京北で「行為循環型のものづくり」を行う〈工藝の森〉の活動にも取り組んでいます。なぜ、伝統工芸の枠を超えた活動を始めたのでしょうか?
堤さん 〈工藝の森〉は、工藝文化コーディネーターの高室幸子さんと一緒に立ち上げました。京都市有の森の一角で多くの人たちとウルシの植樹を行い、育てています。また、シェア工房〈ファブビレッジ京北〉をつくり、地域資源の活用とものづくりの学びや体験を提供しています。ウルシの木は芽吹いてから、漆を採取できるまで15年もかかります。
その上、1本の木から約200ccしか漆を採ることはできません。採り終わって木を伐採すると、根から芽が出て、人に世話をされながら大きくなる。僕ら漆に携わる職人は15年後の未来を想像し、限りある天然資源と向き合いながらものづくりをしています。〈工藝の森〉で多くの人に植樹を体験してもらうと、自然と未来や天然資源について考えるようになる。
ワンクリックでものが買え、無限に資源があると錯覚しやすい時代だからこそ、必要な機会だと思っています。
漆掻き職人がウルシの木に傷をつけ、漆を採取する。「漆は木の血液と呼ばれ、傷の入れ方次第で漆の質(たち)が変わります。強く傷つけると漆が出なくなってしまうなど繊細なため、熟練の技が必要なんです」
編集部 漆の可能性を追求しながら〈工藝の森〉の活動を精力的に行う中で、堤さん自身のモチベーションに変化はありましたか?
堤さん 〈うるしのいっぽ〉を始める前の絶望感はなくなりました。活動を続けるうちに、漆や工芸以外の世界でどんどん共感してくれる仲間ができ、前向きになれました。自分の好きなことが地球環境の役に立ち、子どもたちの未来を明るくできるかもしれないという希望が今はあります。
編集部 まさに最初の一歩を踏み出したことで活動の輪が広がったのですね。
堤さん そうですね。でも、木を育ててものを作り使ってもらうというこの活動は、小さな輪だからこそ成り立つこと。もし、無理に輪を大きくしようとしたら、どこかに負荷がかかり継続困難になってしまうはず。昔は各地にものづくりの小さい輪があったけど、お金中心の世の中になり、その数は減ってしまった。時代や人々の価値観が変わり、今また必要とされていると感じます。
編集部 伝統工芸や漆の未来に向けて、堤さんがこれから実現したいことを教えてください。
堤さん 実は今、社屋を改修中で、春に開放型店舗〈Und.〉としてリニューアルオープンする予定なんです。1階は今まで通り漆の精製を行うだけでなく、商品販売や作品を展示する空間を設ける予定です。3階はイベントやワークショップができるキッチン兼工房。
漆の塗りで必要となる室(むろ)や漆工機器などを導入し、塗師の方に教わりながら、若い職人が技術を磨ける場にできたらと思っています。京都には漆を学べる学校がたくさんありますが、残念ながら勤め先が少ない。そのため、勤め先がある他の県に行く、もしくは職人の道を諦めてしまう人もいます。
今、うちで働いてくれている20代の職人もみんな塗りをやってみたいはず。だから、〈Und.〉では漆の若い職人を育てるお手伝いができたらいいなと思っています。幼い頃、祖父が僕に漆で驚きと喜びを与えてくれたように、この先も漆を通じて人と自然、人と工芸をつなぎ、小さな輪を強くしていきたいですね。