お伊勢さんの入り口、三重県明和町。飛鳥時代から南北朝時代までの約660年間、天皇の代わりに伊勢神宮の天照大御神に仕えた皇族の皇女「斎王」が暮らした都「斎宮」が史跡として眠る町だ。
伊勢神宮のある伊勢市と、松阪牛で有名な松阪市との間にあり、人口は約2万2千人。町内の東西には伊勢街道が通り、中央には国内でも最大級、137ヘクタールの国指定史跡斎宮跡がある。かつては、伊勢神宮で使用する織物や土器などが作られ、古くから神宮に寄り添っていた地域だ。
【写真8点】「隠れスポット“斎宮”のある"明和町"の魅力」の詳細写真をチェック 斎宮は、斎王制度の衰退により遺跡となったが、1973年に発掘がスタート。
発掘が進むと、地元有志で斎王まつりが開催されるようになった。斎王が京都から鈴鹿峠を越えて群行する様子を再現し、今では明和町で一番のイベントとなっている。今も発掘途中の斎宮跡だが、整備も進み、当時の建築を復元した「さいくう平安の杜」などが建てられ、2015年には、日本遺産に登録された。
そして、斎宮・明和町をさらに活性化するために発足したのが、観光庁指定の観光地域づくり法人、「一般社団法人明和観光商社」だ。町外からの若手を含むメンバーで構成されたが、設立後一年で新型コロナウイルス感染症が流行。観光客誘致だけでなく、地元住民とのコミュニケーションも取りにくい状況が続いた。
そんなときでも、コロナ禍に適したイベントや、地域資源を活用した観光商品の開発、伊勢街道の古民家改修など活動を続けた。
コロナ禍で取り組んできたことに、観光による神社の活性化プロジェクトがある。明和町が抱える課題に、地域コミュニティである自治会運営の低迷があった。あわせて、自治会によって成り立つ神社の運営も難しくなってきている。
斎宮の伊勢街道沿いにある竹神社もそんな神社のひとつだった。ただ、国史跡斎宮跡にあり、駅からのアクセスの良さ、斎王ゆかりの地に造営されている点など、大きな観光資源となりうるポテンシャルを持った神社だったのだ。
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