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ここで船越さんは、自分がもともとどんなラーメンを作りたかったのかに立ち返ることにした。 

他の店が作っているような新しいラーメンを作りたいわけでもなく、“ノス(ノスタルジック)系”と呼ばれるような古いラーメンを作りたいわけでもない。 

船越さんが目指しているのは「普遍的」なラーメン。「普遍的」と言うと、一見古くから伝わる味わいのラーメンを想像するが、そうではなく、流行に左右されずこれから長く愛されるラーメンを作りたいと考えていた。

11月にオープンしようと思っていたが、どんどん時は過ぎていき、家賃だけがかかっていく。

年末には樹庵さんが心配して連絡をしてきた。「あまり他の店を気にしすぎないほうがいい」とアドバイスをくれた。

師匠のアドバイスを胸に、その後、年明けの2週間で一気に仕上げていった。

はじめは清湯(あっさり系)だったが、どんどんスープを濁らせてゼラチン質のある脂を浮かべたパンチのあるスープに仕上げた。麺も150gから200gに増量。スープに合う大きなワンタンを合わせ、インパクトを加えるようにした。

「他にない一杯を目指して作ったつもりでしたが、どこか枠に収まってしまっていたことに気づきました。長く愛される一杯を作るためには、安い材料を使っていても美味しくて量のあるものにすべきだと気づいたんです」(船越さん)

 新しいのに懐かしい、まさに「珠玉の一杯」だ(筆者撮影)

新しいのに懐かしい、まさに「珠玉の一杯」だ(筆者撮影)


「オープン時は震えるほど怖かった」

こうして、どこのインスパイアでもない「これは何ラーメン?」と言われるような独自の一杯が完成した。

さすがにもう開店しないといけないと思っていたので、もはやこのラーメンでいくしかなかった。

「オープン時は震えるほど怖かったです。しかし最終的には自分のラーメン観がうまく落とし込めた一杯になったかなと思っています。トータル的な完成度を見ても納得できるものになっています」(船越さん)

自分で納得していても、全員が美味しいと言ってくれるとは限らない。いざ店を開くと、ラーメンをハッキリ残して帰る人もおり、船越さんはまた自信を失っていった。

ラーメンファンたちは美味しいと言ってくれるが、樹庵さんに気を遣っての言葉なのではないか?……そんなふうに、半信半疑になる日々だったそうだ。
 
(筆者撮影)

(筆者撮影)


筆者が「船越」のラーメンをはじめて食べたのが今年3月。

一口食べた時点で確実に「TRYラーメン新人大賞」を受賞する一杯であると確信するほど衝撃的な味わいだった。

今までまったく食べたこともないラーメンであるにもかかわらず、そこにははっきりとした“懐かしさ”が共存していたのだ。


5/5

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