言葉③向いていることより、好きなことをやればいい。「無理だ」って言われても、それが一番長続きする
Q:前田さんは幅広いジャンルの作品を手掛けていますが、新たなフィールドに挑み続ける原動力はどこにあるのですか? 周りの人からは『ロストケア』はすごくハードな内容で、『バナナ』はあんなコメディーだったのにと言われたりもしますが、表現の仕方が違うだけで、僕の中では一緒なんですよね。
それはA面B面でもないし、僕の中では一貫していて、『ロストケア』も『バトン』も『バナナ』もやはり国家権力や社会に物申す、反骨ですね。「老人だから」「障害者だから」と勝手に決めつけて、無意識無自覚にスルーしてる差別や偏見の問題に対するものです。
『バトン』は、家族の在り方をこうだって国が決めつけようとすることに対する反発が裏テーマにあるんです。血がつながってる、つながってないって誰が決めたんですか。その人たちが幸せだっていう生き方を選べばいいわけで、それは国が決めることじゃない。そうした政治的なメッセージが僕の中にあるんです。
Q:前田さんから、若い世代や後輩に対するアドバイス、メッセージがあればお願いします。 「自由であれ」。それだけですね。僕が学生に毎回言ってきたのは、向いてることより好きなことをやりなさいってことです。人はみんな勝手にレッテル貼ります。「あなたこういうのが向いてるよね」とか「こうでないと生き残れない」とか。
でも、そんなこと誰が決めるんですか? 自分の自由ですよね。下手でもいいんですよ。自分が好きなことすればいいんですよ。「ダメだ、無理だ」って言われても、それが一番長続きするんですよ。
Q:最後に、前田さんにとって大切な言葉、自分の人生に影響を与えた言葉があれば教えてください。 見城徹さんの「これほどの努力を人は運と言う」と言う言葉が好きですね。同い年の俳優の勝村(政信)くんが友達なんですけど、「お互いそんなに才能もないのに、この世界でやってこれたよね」っていう話をするんです。
運があった、縁があった、人の支えとか出会いもあった、でも「もう1個あるよね」って。それは「勘だ」って言うんですよ。勘っていうのは、当てずっぽうの勘じゃなくて、右か左か選ぶときや、今までの経験値でこの人と組むのかっていうことの判断をすることです。
見城さんの話に戻すと、僕がデビューした時や、自分の企画を通していただいた時に「あいつ、ついてるよね」ってよく言われました。その時は反発していました。僕は努力をしているからやってこれたんだと思っていたんです。ただ、見城さんの言葉に出会って、その考え方自体が傲慢で、間違いだと気付いたんです。
Q:どのような点が間違いだったのですか? 「あいつ、ラッキーだね」って言われてる時が一番いいんですよ。それはうまくいってるってことで、努力してようが、していまいが、そういう状況にあるってことなので。つまり、「好きでやってるんでしょ」って話に戻るんですよ。
見城さんの言葉は「人はそういう風に言われてる時がいいんだよ」ってことで、もっと言うと、「何と言おうが、好きでやってることだからええんちゃうの」ってことだと僕は理解してるんです。
Q:答えは最終的には自分の中にあるからこそ、前田さんのように楽しむことが大事で、ポジティブに考えた方がいいということですね。 人って、いろんなものに呪縛されてると思うんですよね。ただ、それを開けるカギは結局自分しか持ってないので、自分で開けるしかないんですよ。
周りがいろんなこと言ってくるんです。「そんなに頑張らなくても」とかいろんなこと言うけど、結局自分の問題なんですよね。僕自身、すごく悩む方ですし、ずっと考えてますね。人生はままならないですよね。思い通りいかないことばっかりだし。だからこそ、自分を解放したいと、いつも思っていますね。
前田哲(まえだ・てつ)東京東映撮影所で大道具のアルバイトを始めて、セット付き、美術助手を経て、フリーの助監督として伊丹十三、滝田洋二郎、大森一樹、崔洋一、阪本順治、松岡錠司、周防正行らの作品に携わり、1998年相米慎二総監督のもと、オムニバス映画『ポッキー坂恋物語 かわいいひと』で劇場映画監督デビュー。主な作品に『ドルフィンブルー フジもういちど宙へ』(2007)、『ブタがいた教室』(2008)、『こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話』(2018)など。2009年度より、東北芸術工科大学デザイン工学部映像学科准教授を務め、2013年に退任。2021年には『老後の資金がありません!』『そして、バトンは渡された』で報知映画賞監督賞を受賞。2023年は『ロストケア』『水は海に向かって流れる』『大名倒産』が連続公開。次回作は、直木賞をはじめ数々の賞を受賞し、今年11月5日に100歳を迎える作家・佐藤愛子氏のベストセラーエッセイ集を実写映画化した「九十歳。何がめでたい」。女優・草笛光子が自身と同じ90歳の作家を演じる話題作で、24年6月21日公開。