“着なければならない”から“自由に楽しむ服”へ
どうしてもスーツには、仕事や冠婚葬祭に臨むため、“着なければならない服”というイメージがある。だが、そうしたイメージは、パンデミックと若い世代によって、図らずもリセットされたといえるだろう。
色柄のバリエーションが増え、堅苦しかった着心地もスポーツウェアのように動きやすく、快適に向上。着こなしについても、タイドアップに限らず、ニットやカットソー、スニーカーさえもビジネスシーンで許容されつつある。
つまりスーツは、従来のビジネスウェアや礼服としての存在意義は残しつつも、もっと“自由に楽しむ服”として捉えられるようになったのだ。
そんなスーツの捉え方は、“classic with a twist(ひねりのあるクラシック)”というブランドフィロソフィーを掲げ、約半世紀前からテーラードスーツをファッションとして昇華してきたポール・スミスの捉え方そのものといえる。
「私はいつも先に行ってしまうので、世の中が追い付くのに時間がかかるのです」と冗談めかしたポール・スミスは、さらにスーツについて言葉を続ける。
「私が初めて自分でスーツをビスポークオーダーしたのは1967年ですが、最初の1着はピンクでした。2着目はミントグリーンだったのですが、当時はネクタイを締めず、シャツすら合わせませんでした。
なぜなら私にとってスーツは、自分の個性を表現するための服だったからです。その考えは現在も変わっておらず、ネクタイは滅多に締めません。
私自身はリラックスした性格であり、スーツにネクタイを締めることが自分の性格を反映しているとは思えないからです。いずれにしろ現在は、スーツで自己表現がしやすくなったといえるでしょう。
ただし、現在主流となりつつあるスマートなスーツは、自分に自信がないと着こなすのは難しいと思います。なぜなら、ひと昔前の鎧のようなスーツとは違い、現在のスーツは肩パッドや芯地がなく、着用者を護ってくれないからです。
それは身体をカバーして肉体的に力強く見せてくれなくなったというだけでなく、堂々としたフォルムで精神的な強さも与えてくれなくなったという意味も含まれるのです」
ポール・スミスは過去と現在のスーツの違いも丁寧に説明してくれた。「こうしたファブリックは従来、カジュアルアウターにしか使われませんでした」という生地は、ストレッチ性や吸湿速乾性を備えた快適なもの。ジャケット¥66,000〈ポール・スミス/ポール・スミス リミテッド tel.03-3478-5600〉
「パンツのウエストにはスポーツウェアのようにウエスト後部分がゴム仕様になっており、リラックスした穿き心地です」。ジャケットを着ると隠れる背中側のみをゴム仕様にすることで、フロントはエレガントな表情がキープされている。パンツ¥28,600〈ポール・スミス/ポール・スミス リミテッド〉
近年増えたストレッチ性を備えるテクニカル素材のスーツを解説するポール・スミス。「フロントをジップに、カフスをドットボタンにすることで、スポーツウェアに慣れ親しんだ若者も着やすくしています」。ジャケット¥132,000、パンツ¥55,000〈ともにポール・スミス/ポール・スミス リミテッド〉
「つくり自体はクラシックなスーツも、こうした遊び心をさりげなく効かせることで、現代的な柔らかい雰囲気になります」。上品なストレッチウールを用い、今日のビジネスシーンなら十分通用する。ジャケット¥71,500、パンツ¥37,400〈ともにポール・スミス/ポール・スミス リミテッド〉
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