言葉③自分だけがいい思いをしてはいけない。師匠、先輩から受けた恩は後輩に返せばいい
Q:現在はご自身でお店を経営されていますが、お弟子さんに「教える」上で意識していることはありますか? 自分の経験談として話すようにしていますね。自分もこうやって壁にぶつかったとか、失敗したけどそれを乗り越えてきたっていうのは伝わるかどうかわからないですけど、話すことはありますね。
あとは、お客さんにもよく聞かれる話でもあるので、横で聞いていて、それで少しでも感じてもらえばというかね、参考にしてもらえればいいなと思っています。
Q:修行において、仕込みや、実際に魚を捌くことは一人前になるステップとしてイメージしやすいのですが、挨拶や掃除などはどのような面で影響するのでしょうか? それは全部ができるようになって、分かることだと思うんです。例えば、小骨を1本抜くにしても雑にやってしまうと、料理の美味しさの満足度が下がってしまう。
それと同じで、掃除をきっちり隅々までやらない人が魚の仕込みをきっちり丁寧にできるわけがないんですよ。誰も見てないところでも手を抜かないっていうのは、結局料理の味にも直結するんです。
Q:岩澤さんは「厳しかった」お店で7年、「怒れない親方」のもとで8年修行されたという話でした。2つの異なる教え、環境について、今あらためてどのように感じますか? 今となっては厳しく言ってもらってよかったなと思います。自分では失敗と思わなかったことも、言ってもらうことによって、ダメなんだというのを理解できますし、どんなことが起こっても立ち向かえる精神ですよね。
最初の店の親方に「修行は精神修行だ」「魚を捌くなんて何年もやっていれば誰でもできるようになるから、心を鍛えるのが一番大事だ」と言われて、それがあったからコロナとかがあっても折れない心を作ることができたのかなと思いますね。
Q:2店舗目の「すし匠」は仲間を大切にしたり、褒めて伸ばす雰囲気だったそうですが? すし匠では気持ちの部分ですよね。すし匠の先輩は独立して、みんな成功しているので、この考え方がお客様には受け入れられているというか、合っているのかなと思いますね。 究極のところ、美味しい美味しくないよりも、お客さんが「この人いいな」って思えるかどうかが寿司屋は大事なポイントだと思うんです。
Q:最後に岩澤さんの今後、目指す先を教えてください。 恩返しじゃないですけど、先輩・師匠には恩返しができないので、自分の受けた技術や教えを後輩に伝えるというのが職人の使命だと思っているので、後輩を育てたいというか、親方を育てたいですね。そこが今の大きな目標の一つです。
Q:親方を育てたいというのは、独立する弟子を作りたいということですか? そうです。雇われたままだと、厳しいだけ、辛いだけ、収入の面に関しても、やりがいに関しても全然ない世界なので。もちろん、独立しても大変なんですが、やりがいや楽しさを味わって、職人の考え方を残していってもらいたいですね。
Q:職人の考え方とはどのようなものですか? 江戸前の技というのは古くは鮒寿司だったり、江戸時代に江戸前寿司になって、脈々と繋がれてきたものなんです。「寿司」という漢字はたくさんありますが、 魚を旨くする「鮨」っていう字が僕は好きで、魚を旨くする、美味しく食べられる技術、あとはその考え方ですよね。それこそ掃除とか挨拶を大切にするとか、みんなで働くとか、そういう職人のいい考え方、技術文化を残していきたい。
そのために、弟子を育てるというのは宿命なんです。自分もそういう風に親方にしてもらったので、自分だけがいい思いをして終わってはいけない。親方の言葉なんですけど、「親方になっても親方修行のはじまり」なんですよね。それが結局、自分の成長につながりますし、先輩、師匠から受けた恩は後輩に返す。それでプラマイゼロにしようっていうのが職人の考え方だと思っています。
岩澤 資之(いわさわ・もとゆき)1975年、神奈川県生まれ。立教大学卒業後にIT系企業に就職し、システムエンジニアとして1年半勤務。25才のとき、学生時代にアルバイトしていたすし店の楽しさが忘れられず、会社を辞めてすし職人の道へ進むことを決意。六本木「蔵六鮨」、赤坂見附「すし匠 齋藤」で15年間修業を積み、2016年3月に不動前駅徒歩6分の場所に「不動前 すし 岩澤」を構え、独立する。食好きが足しげく通い、2019年にはミシュラン一つ星を獲得した。