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2023.07.11

ライフ

スタイリスト野口 強の「マイ・ファースト・エルメス」。役目を終えても“良さ”が漂う名品

上が電話帳、下がスケジュール帳。レザーの経年変化とほつれたステッチが愛用ぶりを物語る。「エルメスといえばやはりこの色の、この革じゃないかな。迷わず選びました」と野口さん。

上が電話帳、下がスケジュール帳。レザーの経年変化とほつれたステッチが愛用ぶりを物語る。「エルメスといえばやはりこの色の、この革じゃないかな。迷わず選びました」と野口さん。

この記事は、オーシャンズ8月号から抜粋しています。すべての特集は本誌で
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80年代後半。スタイリストの野口強さんが20代のときに購入したという、大きめサイズの電話帳とスケジュール帳である。

「パリに通い始めた頃に、本店で買いました。“そろそろエルメス”という思いもなくはなかったけど、単純に欲しかったんですよ。

購入金額ですか? それは本当に覚えていないんです。ただ当時の自分にとってとても高い買い物だった、ということだけは強く覚えています」。

スマートフォンはおろか携帯電話も普及していない時代。その後、90年代に入ると、いわゆるガラケーが登場し始める。携帯電話とともにこの電話帳とスケジュール帳は、常に野口さんのそばにあった。

「そういえば当時よく『エルメスですね』と声をかけられました。ブランドロゴや派手なマークはないけれど、見る人が見ればわかるのかもしれません。

撮影のときも打ち合わせのときも、日中はずっとこの2冊だけを手に持って仕事をしていましたね。自分、バッグを持たないから」。

野口 強さん●大阪府生まれ。スタイリスト大久保篤志氏に師事したのち独立。雑誌、広告、俳優やアーティストなど幅広いフィールドでスタイリングを手掛けている。デニムブランド「マインデニム」のディレクターでもある。

野口 強さん●大阪府生まれ。スタイリスト大久保篤志氏に師事したのち独立。雑誌、広告、俳優やアーティストなど幅広いフィールドでスタイリングを手掛けている。デニムブランド「マインデニム」のディレクターでもある。


確かにその言葉のとおり、ひと目見ればわかる使い込みの凄まじさ。「ずいぶん汚くなっちゃいましたよね」と野口さんは言う。

それでも持ち主の人となりを表すかけがえのないモノであり、そんなふうに使い込まれた道具だけが放つ独特のオーラを纏っている。つまり、美しいのだ。

「何しろモノとして使い勝手が良かったんです。そうじゃなければ十数年も使いませんよね」。

今、電話帳はスマホに変わり、スケジュールはマネージャーが管理してくれているという。それでもこの2冊は打ち捨てられることなく、今も野口さんの手元に確かに残っている。

「何となく持っていただけなんですよ。この電話帳のレフィルはもう販売されていないようですし、僕にとっては役目を終えたアイテム。

でもこうして今持っていても、全然古くないですよね。時代を感じさせない、普遍的な良さがある。エルメスの魅力はそこに尽きるんじゃないでしょうか」。


生田昌士(hannah)、土山大輔(TRON)=写真 加瀬友重=編集・文 増山直樹、八木悠太、早渕智之、髙村将司、長谷川茂雄、海山雅哉=文

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