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2023.05.26

ライフ

出会いからNPO立ち上げ。パラクライミング界のレジェンド、視力を失ったクライマーの生き様

サイトガイドのナオヤの声を頼りに、アメリカのフィッシャー・タワーズのクライミングに挑戦するコバ(C) Life Is Climbing 製作委員会

サイトガイドのナオヤの声を頼りに、アメリカのフィッシャー・タワーズのクライミングに挑戦するコバ(C) Life Is Climbing 製作委員会


当記事は「東洋経済ONLINE」の提供記事です。元記事はこちら

視力を失ったクライマー小林幸一郎、通称コバ。

競技者として、2006年に世界初のパラクライミングワールドカップに出場し、視覚障害クラスで優勝。2014年から2019年(46~51歳)まで、鈴木直也(ナオヤ)をサイトガイドに迎え、パラクライミング世界選手権視覚障害男子B1クラス(全盲)にて4連覇を達成。

そして今年3月に開催されたパラクライミング日本選手権出場をもって現役の引退を表明した。まさに日本が世界に誇るパラクライミング界のレジェンドである。

2019年に世界選手権4連覇を成し遂げたコバと相棒のナオヤが、次の目標に掲げたのが、アメリカ・ユタ州の大地に聳(そび)え立つ真っ赤な砂岩フィッシャー・タワーズの尖塔(せんとう)に立つことだった。

そんなふたりのチャレンジに密着したドキュメンタリー映画『ライフ・イズ・クライミング』が5月12日より新宿武蔵野館、シネスイッチ銀座、YEBISU GARDEN CINEMAほかにて全国公開される。そこで今回は、大人が夢中になれるものとは何なのか、なぜ彼はチャレンジをするのかなど、ビジネスマンにも重なるような話を通じて、彼の生きざまに迫った。

夢中になれる人・なれない人がいる

コバが代表を務めるNPO法人モンキーマジックが開催する「交流型クライミングイベント」には、健常者も障害者も、大人も子どもも広く参加している。

コバの練習風景。ジムにいる女の子もサイトガイドのお手伝い(C) Life Is Climbing 製作委員会

コバの練習風景。ジムにいる女の子もサイトガイドのお手伝い(C) Life Is Climbing 製作委員会


「子どもはわりと誰でも夢中になってやってくれるんですよ。でも大人になると、夢中になれる人と夢中になれない人の差をものすごく感じますね。大人が真剣に悔しがったり、喜んだりするような姿を見る機会ってあまりないじゃないですか。だってクライミングって生産性ゼロなんですから。もう自己満足でしかない」

「だからといって“もういい年なんだから”という言葉を出すと、人生を楽しむとか、豊かにするというようなことがどんどん削られていくような気がするんです。僕は岩を登るとき、足が地上から離れた瞬間、頭の中は登ること以外、一切考えてない。いわゆるビジネスの世界で言うところのマインドフルネスですよね。登って足が地上から離れた瞬間に、人はもう上に行こうとしか考えなくなるから。ほかの一切を捨てて、その瞬間にストレスフリーな状態になるんです」

健常者が思い浮かべるクライミング像といえば、クライマーがひとりで山に向き合い、黙々と登り続けていく姿だと思うが、パラクライミングは、サイト(視覚)ガイドとクライマーがペアとなって実施。

サイトガイドが「右手、1時半、遠め。右、右、右!」など、登るために必要な「方向」「距離」「ホールドの形」などの情報を伝え、クライマーがその情報を頼りに登ることで成立する。遠くから聞こえる相棒の声を自分の目のように頼り、8の字結びのロープでつながり、命をゆだねて岩を登る。むしろチーム競技ともいうべきものだと言える。

2人はフォルクスワーゲンの白いキャンパーバンに乗ってアメリカの旅に向かう(C) Life Is Climbing 製作委員会

2人はフォルクスワーゲンの白いキャンパーバンに乗ってアメリカの旅に向かう(C) Life Is Climbing 製作委員会



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