そしてもう1人、スーパースター揃いの湘北高校の中で、強く「共感」を感じるキャラクターといえば木暮公延だろう。スター揃いの湘北の中にあって、彼が活躍した瞬間は自分のことのようにうれしかった。それが21巻#183の「メガネ君」というエピソードだ。
スラムダンクファンの中で、この話をいちばん好きなエピソードに挙げる人は少なくない。才能はないかもしれない、目立った個性もないかもしれない、けれどそんな彼が大舞台のここぞという場面で、大切なシュートを決めるシーンに涙した人は多いだろう。
桜木花道は成長と共に目的が変わっていく
『SLAM DUNK(スラムダンク)』のストーリーは、「メンバーが揃うまで」と「メンバーが揃ってから」に分けることができる。
その境目は、8巻のラスト71話で、バスケ部を離れ不良となっていた三井が「バスケがしたいです」と戻ってくるところだろう。ここでようやく湘北チームが1つになり、チーム内の対立ではなく、チームが結束して強豪校を相手に戦っていくフェーズに移る。それまでコメディー、ラブストーリー要素が強めだったのが、次第にスポーツ漫画の色が濃くなっていくのだ。
それは、桜木花道の目的がどう変化するかにも現れている。桜木は物語スタートから、
①晴子さんを振り向かせたい
②晴子さんを振り向かせるためにバスケを始める
③晴子さんを振り向かせるために流川に勝ちたい
といった変化を経る。そしていつしか、純粋にバスケを好きになり、自分だけでなく仲間のためにも勝ちたいと思うに至るのだ。
その過程で、晴子さんを振り向かせたいという目的は薄まり、桜木にとって「手段」であったバスケそのものが「目的」となり、自分自身のすべてを注ぎ込む対象となっていく。
それを象徴するのが、物語の中盤でそれまでのリーゼントを刈って丸坊主にしたことだ。インターハイ予選決勝リーグ第1試合で敗戦したことをきっかけに、それまで自分が活躍できればいいと思っていた桜木が、真にバスケットプレイヤーとしてのスタートを切る。
この転換が全31巻のうち15巻であることを考えれば、丁度折り返し地点であり、ここから桜木はラストに向かって突っ走っていくのだ。
スラムダンクは、高校進学から始まり、その夏に行われるインターハイまでのたった数カ月間を描いたものだ。これだけ伝説的なマンガでありながら、実はたった31巻という短さであったことは驚きに値する。それだけ密度が濃い証拠なのだが、物語の終わらせ方にしても、いたずらに連載を長引かせたくなかった作者の美意識が感じられる。
5/5