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Topic 01:働くこと
広告を仕事にしていた時よりも、今のほうが、社会とつながっている。


 
編集部 ここからが本題なのですが、逃げる前と後の心情などについて、お話を伺っていきたいと思います。早坂さんは、また会社員に戻り、安定した生活を手に入れたわけですが、そこから書店を開くことにしたのはなぜですか?

早坂さん また元の木阿弥というか、大きな組織にいて同じことをしているので面白くないんですよ。ただ、その時点で40歳を過ぎようとしていたので、ここから冒険をするのはどうかしてますよね(笑)。

会社を買い取ってくださった方に、申し訳ない気持ちもありました。でも、約2年間働いて、ふつふつと湧き上がってきたのは「どうせやるなら好きなことをやりたい」という思いでした。お客さんの顔が見える小さな規模で、ダイレクトに想いが届けられる仕事をしたいと思い始めたんですよ。

それに、盛岡には独立系書店がなかったんですよね。映画館は5館、レコード屋は6軒あって、全国ニュースになるくらい有名です。

わりと文化的には恵まれている街なのに、個人が営んでいてセレクトされた本が置いてある、いわゆる独立系書店が無い。無いのだったら自分で作ろう、と書店を開く決断をしました。



編集部 盛岡市は人口30万人という小さな商圏だと思います。ここで書店を続けていける、という確信はあったのですか?

早坂さん 事業計画を立てたり、収支のシミュレーションをしたりしたのですが、正直何回計算しても成り立ちませんでした(笑)。人口30万人の都市で、さらに本が好きで、ニッチな分野となるとネガティブな数字しか出てこない。でも、ロマンティックに捉えると「これで食べていくんだ」という、強い覚悟があったのかもしないです。

本当に自分が好きだと思っていることをやめてしまう人生って虚しいですよね。書店を開くときは全力でやらないといけない、という気持ちがありました。物件も決まって本も仕入れ、どんどん形になっていくと、すごく怖かった。「もう逃げられない」という気持ちでした。


 
編集部 大きく分けて、会社員時代と書店経営時代とに分けられると思います。どんな違いがありますか?

早坂さん ダイナミズムが違いますね。

会社員の時の仕事は、求人広告です。広告を通じてたくさんの人たちとコミュニケーションをとる仕事ですよね。実際に顔を合わせることはないですが、世の中の人たちへ情報を発信していたわけです。

以前の仕事には、規模的に、そうした仕事のダイナミズムがあったように思います。ただ、社会とのつながりは希薄だったように感じます。

編集部 広告の仕事をしていらっしゃったのにですか? ちょっと意外です。

早坂さん 管理職になると広告を出稿してくれるスポンサーと直接やりとりをすることがなくなったこともあるのかもしれません。それと、採用が成功する喜びよりも、「いくらで広告を出してもらえるのか」とお金でお客様を見る感覚になっていた気がします。

編集部 社会とのつながりが希薄だったと認識されたのは、書店を開かれた後のことでしょうか?

早坂さん そうですね。ここを訪れる人はもっと直接的なエンドユーザーです。自分で本の説明をして手に取ってもらう。そして「この本面白かったよ」「意外な出会いがあった」という感想からコミュニケーションが生まれる。きちんと「届けられた」という感覚があります。

Topic 02:暮らしの場
「資本主義社会」化された街から逃げて、風情のある街へ。


 
編集部 秋田、仙台、盛岡と東北を転々とされていますが、その中でも盛岡を選んだ理由とは?

早坂さん お隣の宮城県仙台市は母親の実家があり好きな場所なのですが、「東京化している」という印象があります。東京で流行った店が仙台に進出するのでチェーン店が多く、街を歩くと「物を買ってくれ!」と主張しているように感じます。

でも、盛岡には古い街並みがそのまま残っているところが多く、風情があります。独自の文化を探っている感覚があるので、東京を見ていない。だからこそ、僕が書店を開業することも受け入れてくれそうな、懐の深さを感じました。

仙台は人口100万人で商圏を考えると大きいのですが、盛岡に来てもらえればいいやって短絡的に考えちゃったんですよね。東北各地から来てもらえるようなお店を作ろうと考えました。

編集部 「逃げ場所」として選んだのは、資本主義化され過ぎていない場所だったのですね。その中でも紺屋町を選んだということですが、この地域に出店するきっかけは何ですか?

早坂さん 僕の散歩コースだったんです。近所に〈クラムボン〉という喫茶店があり、よく立ち寄っていました。先代のマスターはもう亡くなってしまったのですが、いつも店の前に立って焙煎をしていました。

冬でもTシャツにジーンズで焙煎している立ち姿が窓越しに見えて、すごくかっこいいんです。この地域一帯に香ばしいコーヒーの香りが充満していました。

他にも、酒蔵があったり、中津川という京都の鴨川のような川が流れていたり、ロケーションが良くて。そんな時、たまたま散歩をしていたら、この場所が空いていました。

ここで本を買って、〈クラムボン〉でコーヒーを飲みながら本を読んで、川辺を散歩して帰る……。そんな風にこのあたりを周遊してもらうイメージが湧きました。

盛岡市内を流れる中津川と喫茶店〈クラムボン〉

盛岡市内を流れる中津川と喫茶店〈クラムボン〉。



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