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視覚障害者柔道を始めて、取り戻した自分


視力を失った当初、初瀬の周りには障害者は誰一人としていなかった。そのため、自分だけが取り残されたように感じていた。だが、視覚障害者柔道の世界に足を踏み入れてみると、そこは、障害があるのが普通の世界。中には就職してバリバリ働き、結婚して幸せな家庭を築いている人がいることを知った。

「目が見えない人が世の中にはこんなにたくさんいて、社会で活躍している人がたくさんいるということを知りました。障害を抱えているのは自分一人じゃないって思えたのは大きかったですね。そのとき初めて“視力を失った自分の人生をもう一度生きてみよう”と考え方をシフトできました」。



前向きに生きることを決意した初瀬は、就職活動にも着手する。障害者雇用に特化した専門サイトを通じて、100社以上の会社にエントリーシートを送ってみたのだ。視覚障害者柔道の全日本選手権で優勝を飾ったこともあり、自信を取り戻しつつあった初瀬だったが、結果は予想をはるかに上回る厳しいものだった。面接まで行けたのは2社、そして内定を得たのはたったの1社だった。

「最初の10社くらいはショックでした。会ってもらうことすらできないんですから。でも30社、40社と同じ結果が続くと、だんだん面白くなるんですよ。どこまで落ちるんだろうって。むしろ、会ってくれさえすれば、何とかなるんじゃないかって思うようになっていました」。

 

東京パラリンピックは新たな時代の幕開け


初瀬は現在、障害のある人と企業をつなぐことを目的に、障害者の人材紹介及び、障害者雇用のコンサルティングに関する事業を行なっている。さらに、日本パラリンピアンズ協会、全日本視覚障害者柔道連盟、全日本テコンドー協会の理事として、東京パラリンピックに関わったり、コンサルティング会社のスタイル・エッジ社とともに次世代のパラアスリート支援のための奨学金制度(NPAS)を作って提供するなど、障害者と社会をつなぐために、精力的に活動している。

パラスポーツへの関心が高まるなか、初瀬は、2020年に東京でパラリンピックが開かれる意義をどのように考えているのだろうか。

「今まで、障害のある人がこれだけメディアに出た時代ってないんですよ。つまり、僕らは人類始まって以来、障害のある人をたくさん見ているということになります。障害者と健常者の壁が崩れ始めているんですね。パラリンピックで活躍している人を見たら、皆さんは同情の気持ちではなくて、すごいなっていう尊敬から入ると思うんです。2020年をきっかけに世の中がガラッと変わる予感がしています」。

大学4年生のときに「もう一回、柔道をやってみよう」と勇気を振り絞って踏み出した小さな一歩。それが、自分の見える景色を一変させた。だからこそ、初瀬は常に行動を起こし続けることが大事だと訴える。



障害者のイメージを変え、障害者と健常者の垣根を取り払うという使命に並々ならぬ意欲を持つ初瀬。2020年東京パラリンピックを迎えたとき、初瀬の視界には、果たしてどのような景色が広がっているのだろうか。


初瀬勇輔(はつせゆうすけ)
企業の健康経営をサポートするスタイル・エッジMEDICAL、障害者雇用に広く貢献するユニバーサルスタイルの代表取締役。障害者雇用コンサルタント。



1980年長崎県佐世保市生まれ。2004年大学在学中に緑内障により視覚障害となる。現在は2つの会社の経営者として活躍する傍ら、視覚障害者柔道の選手として活動。2005年〜2013年、全日本視覚障害者柔道大会で90kg級、81kg級あわせて9回の優勝。2008年北京パラリンピック柔道90kg級に出場。NPO法人日本視覚障害者柔道連盟理事。一般社団法人日本パラリンピアンズ協会理事。著書に『いま、絶望している君たちへ』(日本経済新聞出版社)がある。

 

 


瀬川泰祐=取材・文 ※写真は本人提供

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