レンタルなんもしない人の「なんもしない」生業のはじまり
偶然にも取材をした6月3日は、“レンタルなんもしない人”が誕生1周年を迎える節目の日。レンタルさんの活動拠点でもある国分寺では、1周年記念イベントが昼夜にわけて開催されようとしていた。
1年前のこの日、“レンタルなんもしない人”は、ひとつのツイートから誕生する。
「『レンタルなんもしない人』というサービスを始めます。1人で入りにくい店、ゲームの人数合わせ、花見の場所取りなど、ただ1人分の人間の存在だけが必要なシーンでご利用ください。国分寺駅からの交通費と飲食代だけ(かかれば)もらいます。ごく簡単なうけこたえ以外、なんもできかねます」(原文ママ、レンタルさんのツイートより引用) ツイートはすぐに話題になり、その存在が世に知られるのに、そう時間はかからなかった。2019年に入って書籍を2冊発売。漫画化やバラエティ番組の出演、NHKのドキュメンタリーで密着取材を受けるなど、その斬新な生き方には各メディアから注目が集まっている。
1年間でここまで有名になったことについて、レンタルさんは「1年前では考えられなかったことが毎日起こっていて、夢のようです」と素直に喜びを表した。
「なんもしない」の依頼とは、どんなものなのか?
そもそも“なんもしないサービス”とは、具体的にどんなサービスなのか。著書『レンタルなんもしない人のなんもしなかった話』(晶文社)からは業務が垣間見える。
「結婚式を眺めにきてほしいという依頼。事情により友達呼ぶの控えてたけど少しは誰かに見てもらいたい欲が出てきたとのこと」
「離婚届の提出に同行してほしいという依頼。一人だと寂しさがあるのと、少し変な記憶にしたいという思いもあるとのこと。『最後に、お疲れ様でした(旧姓)さんと言ってもらえますか』と頼まれその通りにした」
「自分に関わる裁判の傍聴席に座って欲しい」との依頼。民事裁判で、依頼者は被告側。初裁判の心細さというより、終わって一息つく時の話し相手が欲しいとの思いで依頼に至ったらしい」
「『引っ越しを見送ってほしい』との依頼。友達だとしんみりし過ぎてしまうため頼んだとのこと。元の部屋~東京駅だけの付き合いだったけど、いろいろ楽しい会話もあり、演技のない名残惜しさで見送れた」
「気の進まない婚活の作業を見守ってほしいとの依頼。唸り声を10分に一回くらいあげながら登録作業に勤しんでいた」
著書『レンタルなんもしない人のなんもしなかった話』(晶文社)より一部抜粋
なんもしなくていい。家族でも友人でも恋人でもない、自分のことをまったく知らない誰かに、ただそばにいてほしい。
レンタルさんは、さまざまな依頼人の心のスキマに寄り添うが、なにか特別なスキルで依頼者を癒すわけでも、的確なアドバイスを繰りだすわけでもない。本当にただそこにいるだけ。極端な話、空気のような存在なのだ。
もちろん、「いる」だけではなく依頼者の身の上話や知人には話せないような秘密、趣味についての熱いトークに、耳を傾けることもある。
「自分の好きな作品について語りたいが、友人では迷惑かもしれないから……という人は多いです。また、初見の人の純粋な反応を知りたいという場合もありますね」。
SNS上で盛んに行われるような感情の共有と拡散を、依頼者たちはレンタルさんにリアルの場で求めている。
依頼の多くはツイッターのDM経由で、依頼者は若い女性が多いという。女性ゆえの不安を解消する「なんもしない」リクエストも少なくない。
「例えば夜にポケモンGOをやりたいが夜道に女子一人は怖いから一緒にいてほしい……とか、夜の新宿を撮影して回りたいが不安なので見守ってほしい、とか。逆に男性ひとりでは躊躇うようなかわいいお店に入ったり、クレープを食べるのを付き合ったり、男性ならではの依頼もありますね」。
どこまでを「なんもしない」の範疇に収めるか、という判断はあくまでレンタルさんの主観だ。
やりたくなければ断るし、依頼者の相談内容やそのときの気分でも変わってくるという。なんもしない、を始める前はどんな生活を送っていたのだろうか?
「大学院を卒業して、周囲が研究者の道を進むなか、学習参考書の出版社へ入りました。でも、いろいろ悩んで3年で辞めたんです。その後もライター業をやっていたのですがしっくりこなかった。自分にはなにも向いてない、と思っていました」。
会社員勤め時代、上司に「生きているのか死んでいるのかわからない」「なんでいるのかわからない」と言われたという、レンタルさん。
なんもしない、を選択するまでには、ある哲学者との出会いがあったという。
【後編】へ続く。
藤野ゆり(清談社)=取材・文