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年齢による衰えをカバーしたもの


こうしてピッチ外でのスポーツ選手の可能性を見い出すことができた巻だったが、一方でここ数年は、年齢による肉体的な衰えを感じていたという。そんなときも、巻を支えたのは「ひたむきさ」だった。

Jリーグの試合は、主に週末に行われる。この2、3年間、巻の出場機会は次第に減っていた。チーム内における立場も、自分が思い描く理想とは徐々にかけ離れていった。だが、たった5分しか出場できなくとも、試合に向けた準備を怠ることはなかったという。



「最善を尽くすことだけを意識していたように思います。試合には、それまでに準備してきた1週間のエネルギーをぶつけることだけを心がけていました。5分しか出られなくても、そこに1試合分のエネルギーを注いでいたし、ベンチ外のときでも、それをウォーミングアップに注ぎ込んでいました」。

常にひたむきにプレーする巻の姿は、試合終了間際のたった5分であっても、ファンの視線を釘付けにしたのだった。

 

引き際、そして次のステージへ


そんな巻が、大きな決断を下したのは、2019年1月のことだった。現役の引退を発表したのだ。

大きな怪我もなく、出場機会もまだまだたくさんあっただけに、突然の引退発表には、関係者はもちろんのこと、ファンやサポーターも驚きを隠せなかった。だが、巻は、ピッチ内で表現できる自分の価値よりも、ピッチ外で表現できるであろう価値のほうが大きいと感じて、引退を決めたのだった。

「自分がクラブの中で求めている理想の姿と、クラブが追い求める理想が合わなくなっていました。自分に嘘をつきながら、心のどこかでモヤモヤしてサッカーを続けるより、次のステージへ向かったほうが、自分の価値を見い出せるのかなと。未練はありますが、それが僕の引き際だったのだと思います」。

巻は自身の引き際について、揺れ動いた心情を吐露するように話してくれた。その未練を断ち切る決断をした巻は、これからピッチ外でどんな価値を発揮しようとしているのか。



「社会のためっていうと規模が大きくなりすぎちゃうので、まずは誰かの助けになること。僕は、誰かのために動くことが、いちばん力を発揮できるんです。これまで、家族のためにお金儲けしようとか、引退後のためにお金を残そうって思って、チャレンジしたこともあります。でも、自分自身あまりエネルギーが湧かなかったんですよね。そのときからですね。誰かのためになることをしようと思うようになったのは。

一番は子供たちのためです。スポーツって、仲間を尊重したりルールを守ったりしながら、問題解決する力を養うことができるもの。子供たちにとって、とても大事なものがスポーツにはあると思っています」。

こう話す巻の表情からは、気負った様子は感じられない。

これまで、巻はピッチ内でもピッチ外でも、ひたむきに自分のできることに取り組んできた。誰かのために走り続けた巻の人生は、ピッチを降りたあともきっと続いていくだろう。なぜならその愚直なまでの「ひたむきさ」こそが、巻だけのアイデンティティなのだから。

 

瀬川泰祐=取材・文・写真

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