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■その日、木村はなかなか戻ってこなかった


日本代表に選ばれた木村は、その1週間後、佐野国際クリケット場で汗を流していた。スタートは、敷いたばかりの芝生から無秩序に飛び出してくる雑草をむしるところから。20歳近く年下の若者たちに混じって、一所懸命に草を抜く。声をかけ、笑いあう。

「人として多くのことをすごく与えてもらってる気がします。大学生とか普通の子たちとこんなふうに話して、ギャップを感じながらもいろいろな新しい刺激を得て、僕は今、彼らとイコールなんだと思っています。最初は彼らとしても、遠慮というかもの珍しさみたいなものもあったんじゃないかな。えらく年上だし、元プロ野球選手だし。そこは自分から歩み寄っていかないといけないと思って普通にしゃべってますよ。練習場を借りたときの、端数を誰が払うかみたいなじゃんけんも、真剣にやりますし(笑)」。

きっと「おれが払っとくよ」っていうほうが楽なのに違いない。でもそんな些細な点での仲間へのスタンスはあくまでニュートラル。でも競技に対してはがむしゃらで、極めて謙虚に教えを請う。合宿初日の練習終わり、話を聞こうと待っていると全然木村は戻って来ない。



見ると、バットを手に、何やらチームメイトと話し込んでいる。足の位置を決め、足元からすくい上げるようにバットを振り上げる。打面を前でキープしたまま、途中で止めては角度を気にし、振りかぶっては足の位置を修正する。



「足元への投球を左右や背後に打つやり方を教えてもらってたんです。いやあ難しいです。僕には圧倒的に経験値が足りなくて、試合中でも“ここはこうしたほうがいいな”って気づくことがいっぱいあるんです。そこで思ったことを体の動きでいかに再現するか。前に打つだけならいくらでも打てる。野球でのミートポイントで30年打ってきたのが、膝の前のボールで打たなきゃならないでしょ? 例えばミートポイントで打つ技術は持っている。でもそれがまだクリケット仕様になっていないんです。ここは練習と技術習得しかないですね。でも僕がもし、代表のみんなが持ってるようなクリケットの技術を手にしてしまえば、鬼に金棒だと思うんです」。

さらにその約10日後、まとまった時間を取ってもらって、立川駅のカフェで話を聞いた。
ここまでのインタビューの大半は、その時の木村の言葉だ。

「直近の日曜日に試合がありまして。それはワイヴァーンズでやったんですが、相手は日本在住のインド人のチーム。彼らはディビジョン3(数字が小さい順に上位のリーグ種別)ですが、新結成されたチームなのでディビジョン3からのスタートというだけで、実力的には僕らよりもずっと上。試合にも負けました……」。

そう話す木村の表情は明るい。



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