■ずっとアスリートでいるために
木村は西武時代の2016年6月、右ひざ十字靭帯を断裂、以降のシーズンを棒に振った。膝のメインテナンスを行うのは、それ以来の習慣。
「膝にメス入れて工事をしているんです。怪我をした1年後には、自分では“ある程度できるレベルに戻った”っていう実感があったんですよ。ただ、できる“レベル”が違うんですよね。前に近いレベルでできているのか、ちょっと戻りきっていないのか、ずいぶん下がってしまったのか。傍目にはできてると見えても、僕的には全然できてなかったりもするんで……いや『全然』ということではないかな。できてるんだけど、その中でもランクがあって、僕的には“できていない”んですよね」。
それを「完全にできている」に近づけることには今も余念がない。プロのアスリート時代から、自身の身体のあり方とは非常にセンシティブに向き合い続けている。
「僕自身の考え方では、ケガしたからといって、元の状態に100%戻らないことはないと思っているんです。自分自身、元に戻ってきている実感はあります。ただケガした箇所を庇うのは普通にあります。その分、別のところにしわ寄せがきたり、ケガの前と同じようにできているつもりでも、無意識のうちに、そうじゃなかったりする」。

毎週毎週医師の診断を仰いで、少しずつ是正してきた。
故障の影響は、プロ野球選手時代から身にしみて知っている。前十字靭帯を断裂した年には西武から戦力外通告を受けた。自分では「やれるレベル」に戻ることを確信していたにもかかわらず、だ。
だが、自分でプロ野球選手として求める状態にはまだ戻せる実感があった。だから通告を乗り越えて、2017年シーズン、木村はチーム唯一の育成選手として3桁の背番号を背負ってプレーすることを選んだ。まだ現役選手として仕事ができるという自信があったからだ。
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