OCEANS

SHARE


advertisement

彼は自分の身体が発する声に真摯に耳を傾ける。

「人間って、肉体がある機能を“使えない”と判断すると、積極的に使えなくするらしいんです。だから僕も右膝の前十字靭帯を切った後、右足と右のお尻の筋肉が本当になくなりました。風呂上がりに、娘が“お父さん、お尻がおかしくなってるよ”って指摘したぐらい目に見えて変わっていたんです。それを自分の身体に“大丈夫、使えるんだよ。できるんだよ”って体に思い起こさせる作業を続けることが大切なんです」。

「もうひとつ、自分では前と同じ通りにできているつもりでも、前とは違う箇所の筋肉を使ってそれを実践している可能性もあります。結果としては前と遜色ないプレーができているかもしれないけど、その中身が違っているかもしれない。結果、治った箇所とは違うところがダメになるかもしれない」。
advertisement

己の体の状態と極めて真面目に向き合い、プレーを続けられる確信を持っていた、けれど木村はいう。

「自分の力を評価するのは自分じゃない。周りですから」。

そうして、2017年10月6日、西武ライオンズより2度目の戦力外通告を受ける、約1カ月後、マツダスタジアムで行われた12球団合同トライアウトに挑戦。7年というプロ最長の年月を過ごした広島での開催とあって、一層大きな拍手で迎えられたという。ショートのポジションまで全力疾走し、打者としてはライトフェンス直撃の二塁打を放って存在感を示した。

「今の自分の全部を見てもらいたかった。あれほどの拍手をもらったことは、本当に心強かったです。これは来年行けるな、“自分のやりたいレベルで現役続けられるぞ”と感じました」。

だが、1週間経っても木村の携帯電話は鳴ることはなかった。プロ野球からのオファーはなかったが、実は社会人野球や独立リーグから、コーチ兼任選手としての声がかかっていた。

トライアウト直後にオファーがなくとも、翌年の1月、2月に声がかかるチャンスが残されていることは経験上わかっていた。だが、2017年末、日本クリケット協会から声がかかったとき、最初の電話で木村は即答したという。

「やりますって言いました。だって、面白そうだったっすから!」。

もちろん、軽い気持ちではなかった。

第2回へ続く。


【Profile】
木村昇吾
1980年4月16日生まれ。大阪府出身。尽誠学園高、愛知学院大を経て、2002年ドラフト11巡目で横浜ベイスターズ(現・横浜DeNAベイスターズ)に入団。08年に広島へ移籍。内外野を守れるユーティリティープレーヤーとして活躍。16年より西武ライオンズ。同年、右十字靭帯断裂。翌年10月に戦力外通告を受ける。現在、クリケット選手。2018年1月より本格始動し、わずか2カ月で日本代表に選出。


武田篤典=取材・文 稲田 平=撮影

SHARE

advertisement

次の記事を読み込んでいます。