「腕時計と男の物語」とは……「私、しばらくお酒を飲まないことにしたの」。夕食のテーブルで突然切り出された妻の禁酒宣言に、最初は当惑したものの、口元に浮かんだ笑みにその意味を理解した。
フワッと全身が浮かび上がったような感覚は、飲んでいた赤ワインのせいだけではないだろう。
彼女はといえば言い出してはみたものの、恨めしそうにいつまでも僕のグラスを見つめている。なにしろ赤ワインは彼女の大好物なのだ。その瞳に知り合った当時を思い出した。
友人の写真家の個展で紹介され、意気投合しデートを重ねた。そんなある日、借りていた写真集のお礼に、僕にとっては少し張り込んだ赤ワインを渡した。彼女の手料理を食べたいという下心を秘めて。
だがいつになっても期待していた誘いはなかった。お粗末なたくらみは見透かされたか。さりげなくワインについてたずねると、あまりに美味しそうなのですぐ空けてしまったとあっけらかんと答えたのだった。
あの頃のふたりにこんな日がやってくるなんて思ってもみなかった。でもワインが年数をかけて熟成するのと同じように、人生もゆっくりと滋みを増していくのだろう。そんな時間を腕元の
「CODE 11.59 バイ オーデマ ピゲ オートマティック」が刻んでいる。
王道のラウンド型だが、横から見ると八角形のミドルケースを別体になったベゼルとケースバックで挟んだ多層構造になっていることがわかる。その間をまたぐラグは橋を思わせる。クラシックとコンテンポラリーを融合した構築的なデザインだ。
これを彩るのが、スモークバーガンディと呼ばれる美しいワインレッドのダイヤルだ。中心から外縁に向けて徐々に深みを増していく色みは、サンバーストの仕上げともうまくマッチしている。優雅さにも高貴を漂わせ、それはまさに芳醇な赤ワインを思わせるのだ。
「どうやら我が家のワインセラーも自粛により封印することになりそうだね。残念だけど」「いいじゃない。その時計を晩酌代わりにすれば」とつれない。
「まぁいいさ、解禁の日のために今からとっておきの赤ワインを仕込んでおこう。でも今度ばかりは絶対に独り占めさせないぞ」。
え、何のこと?と悪戯っぽくしらを切るのは昔から変わらない。そんな他愛もない会話をまたいつか思い出す時がくるのだろう。新しい家族とともに。
2/2