ゆとりのあるカウンター席。淹れたてのコーヒーと自家製ケーキに舌鼓を打ちながら、チーフバリスタの寺嶋和弥さんとゆっくり言葉を交わす。
多くの客で賑わう店内で、決して大きくないはずの彼の声は不思議とよく通る。
渡辺 何だろう。何ともいえない、どこか優しい雰囲気がある店ですね。レトロで、モダンで、ノスタルジック。
寺嶋 ありがとうございます。ここは1989年創業なので、32年経ちます。
渡辺 寺嶋さんは、店のオープン当時からずっとこちらに?
寺嶋 ええ、ずっとコーヒーを淹れ続けています。今ではバリスタなんてお洒落な肩書で言われますが、昔の呼び名はバーテンダーでした。
渡辺 なるほど、大ベテランですね。先ほどから拝見していますが、寺嶋さんの所作に思わず見とれてしまいます。豆を取り出して、カップを置く。一連の所作が本当に丁寧で美しい。
寺嶋 どうなんでしょう。茶道などと違って、僕らの動きはあくまで仕事として最適化されたもの。結局は無駄がないのが一番なんですよ。
渡辺 カウンターの奥には色とりどりのカップやお皿が並べられていますね。
寺嶋 お客さまの顔を見て、提供する器をインスピレーションで決めているんです。国内外で集めてきた500種類くらいのカップがあって、常連さんにはいつも同じにならないようになど、その都度考えたりもしています。
渡辺 コーヒーそのものだけじゃなく、そんな“対話”も含めてこの店ならではの味ですね。それにしても、かなり若いお客さんが多いことに驚きました。
寺嶋 ホームページもなければメールアドレスもWi-Fiもない昔ながらの喫茶店ですが、ありがたいことに多くの方に来ていただいています。今いるスタッフたちも、もともとは常連さんだったという人がほとんどで。
渡辺 すごく素直で素敵だと思います。長年続けていることをベースに、必要以上のアップデートがされていないというか。
寺嶋 ずっと渋谷で働いていると、移り変わりの激しさを痛感しますが、かえって変わらないことも大切なんだと。
渡辺 速い流れは止められないし、流れの中でどう生きるかが大切。特に流行の先端が集まる渋谷で突き詰め続ける姿勢は、すごいのひと言です。これから先、目指す店の形はありますか?
寺嶋 カジュアルに、自然に、ですね。ふらっと立ち寄れるようなスタンスを、これからも守っていきたいと思います。
——なめらかで柔らかい口当たりの香り高きオリジナルブレンド。それは、寺嶋さんの人柄と羽當の佇まいが具現化したような味わいだった。若木信吾=写真 増山直樹=文