「腕時計と男の物語」とは……タイムリミットは近づいていたが、いまだ次回作について考えあぐねていた。当初2度目の聖火を迎えた東京を映像に収める予定だったが、実感のないまま炎は消え、街には不完全燃焼の火種がくすぶり続ける。
かつてそこに何があったか。まるで記憶が改ざんされたかのように、いつの間にか変わってしまった風景を前に途方に暮れる。
もしかしたら、かつてヴィム・ヴェンダースも同じ思いで東京に立ったのかもしれない。
『東京画』では敬愛する小津安二郎監督にオマージュを捧げ、名作の原風景を追った。1980年代初頭に、もちろん劇中の東京が残っているわけもない。
だが青山墓地での花見や喧騒のパチンコ店、夜のゴルフ練習場へと向けられた視線は、単なる異邦人のエキゾチシズムを超え、変貌する時代や社会でも普遍的な人間の機微や孤独を見つめる。まさにそれは小津映画の眼差しそのものだ。
絶望するのではなく、冷たく突き放すのでもない。少し離れて悼み、ただ通り過ぎる。そんな旅人の視座からこれまで物語を綴ってきたヴェンダースの作風は、同時に旅から多くを学んできたドイツらしさを感じさせる。
腕元の
A.ランゲ&ゾーネ「ランゲ1・パーペチュアルカレンダー」に宿るのもそうした旅の精神だ。
伝統的なドイツのマイスター制度では、高次の職人を目指すには過酷な放浪修業が課せられた。長期にわたりヨーロッパを旅しながら、各地で技を研鑽し、自身と向き合い、モノづくりの神髄を極める。創業者F・A・ランゲもまた修業の旅を続ける中で、数々の表や計算式、設計図面を “旅の記録”に残した。今も受け継がれるブランドの根源である。
「ランゲ1・パーペチュアルカレンダー」にもその旅は息づく。オフセンターのダイヤルレイアウトは、理路整然とした数式を思わせ、デザインの原則をいっさい崩すことなく、高度な永久カレンダーの機能を秘める。スイス時計とは異なる武骨さと質実剛健を漂わせつつ、決して杓子定規ではなく、洗練された個性に温もりさえ伝わるのだ。
永久カレンダーが刻む時間は、その日その瞬間にしか存在しない。だが二度と訪れないにもかかわらず、針は同じダイヤル上で永遠に運動を繰り返す。それはふたりの巨匠が紡いだ旅の物語のようでもある。
旅路の果てには何もないかもしれない。それでも移動し続けること。僕は次回作のタイトルを“ロードムーヴィ”と打ち込んだ。
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