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■「ラリーの日産」を決定づけた

写真は最後の制覇となった1982年の総合優勝マシン。

ダットサン バイオレットGT

日本ではモータリゼーションの大波が押し寄せ、ブルーバードはひと回り大きくなって上級モデルに移行した。
しかし大型化はレースには不利になる。そこで白羽の矢が立ったのが、以前のブルーバードの位置に据えられていた、ひと回り小さなボディの「バイオレット」だ。
デビューした1978年から早々に活躍し、1979年から1982年にかけて「同一ドライバー・同一マシンによるサファリラリー4連覇」という偉業を成し遂げた。この車の活躍で「ラリーの日産」と呼ばれるほど、同社は世界的に有名なメーカーとなった。
もともとブルーバードの末弟として登場したバイオレット。「ラリーの日産」と言わしめた車にもかかわらず、わずか3代で姿を消してしまった。
こうして世界的に有名なブランドとなったダットサンだったが、1980年代に入ると海外市場でも「NISSAN」に順次以降していき、2000年代はじめについに途絶えてしまった。
2012年に新興国市場向けのブランドとして再出発することになったが、今もアメリカを中心にダットサンのファンは多い。
間もなくフェアレディZがフルモデルチェンジするが、果たしてアメリカではダットサンを名乗るのか? 世界のファンから注目を集めている。
 
籠島康弘=文


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