JAXA x JAMSTECの冒険は、新たなステージへ。
―間もなくJAMSTECでも分析が始まりますが、どういうアプローチで行っていくんでしょう?高野 JAMSTECには、横須賀本部、横浜、それから高知に研究所があります。「はやぶさ2」分析チームは、横須賀と高知の両方で進めていくことになります。
横須賀では、九州大学やNASA等と日米欧の国際チームを組み、リュウグウの炭素や窒素などの存在量、同位体組成、無機イオン組成、そして炭素や窒素がどういう有機分子を作っているのか、分子レベルで解析していきます。
高知(伊藤元雄グループリーダー代理)では、主に二次イオン質量分析計という超高性能マシンを軸に、どういう鉱物の組織を持っているのかを調べます。そして、炭素や窒素が入っているとすると、その空間分布を可視化していく。
イトカワと違って、リュウグウには水も炭素もあると思われます。ならば、それらが反応して生成した有機物がそこに存在する可能性があるわけです。考えるだけでワクワクしますね。
―高野さんのライフワークでもあり、大きなサイエンス目標である、「生命の生まれる前夜とその夜明け」についてですが、例えば、深夜0時の手がかりは得られそうですか?高野 シビれるご質問に感謝です。生命が誕生する時刻、つまり、深夜0時の現場検証は、「はやぶさ2」とは別の機会になると思っています(笑)。ただ、海や地球が出来る前の環境が見られる場所って、他にはないことは事実です。
惑星ができる前の太陽系の姿を自分たちの手で唯一見られる場所が、リュウグウなんです。そして、炭素や水があって、それらが集積するとやがて海になる。
昨年、JAMSTEC吉村研究員が国際会議(LPSC)で発表しているように、リュウグウの鉱物と水が反応し、最初の「塩」の姿が見えるかもしれません。海や地球が出来る前の有機と無機の相互作用について、もっと深く知りたいですね。
また、「はやぶさ2」がリュウグウで行ったオペレーションで特筆すべきは、表層だけでなく、地下のサンプルも採取していること。地表は、太陽の光にさらされていた履歴があると予想されます。ところが地下のサンプルだと太陽光の影響が少ない。要するに、より若いリュウグウの情報が得られる可能性があるのです。
さらに、小惑星ベンヌを対象とするNASAの探査機「オシリス・レックス」が、持ち帰ってくるサンプルと比較した分析が今後期待されます。リュウグウで分かる物質の進化は、リュウグウ独自の現象なのか、小惑星に普遍的に起きる現象なのか、確かめることができる。
もしも違いがあったら、小惑星のヒストリーが異なることを示唆します。両方を比較することで、水、有機物、鉱物との相互作用の多様性が観測できるかもしれません。
それゆえに、日米双方向の協力によるリュウグウとベンヌの分析比較は、科学的に意義深いものなのです。この2020年代は、目が離せない10年になるでしょうね。
―そうやって少しずつ分析と実証を積み重ね、科学者たちは謎に迫っているんですね。高野 その通りです。私が、筑波大学化学系の有機地球宇宙化学研究室(原田 馨 名誉教授・下山 晃 名誉教授の講座)に入った時、最初に、有機分析をする上での様々な”お作法”を習いました。
例えば、どうやって”汚染”を防ぎ、どのようにサンプルの情報を上手に取り出すか、というお作法です。そこには、1960年代、月面アポロ計画や火星バイキング計画の過程でできたノウハウをベースにしたお作法も多数ありました。
もちろん、後世の私たち自身による新しい開発要素もいくつもありますが、それは先駆者たちのグランドデザイン、磨き上げられたゴールデンルールがあったからこそ。その上に「データ」と呼べるものがあり、さらに最上に、今回のリュウグウ分析のような、チャンピオンデータと呼べるものがある。50年スケールでの技術の継承ですから、感慨深いですね。
自分自身が、科学者として現役の間に人類史上初めての分析を行い、小惑星「リュウグウ」を記載することができるのは、本当に幸運なこと。先人たちへの敬意を持って、分析に取り組んでいこうと思っています。
Profile高野 淑識TAKANO Yoshinori国立研究開発法人 海洋研究開発機構(JAMSTEC)有機分子研究グループ グループリーダー有機物のスペシャリストとして、「はやぶさ」初号機のサンプル分析(カテゴリー3)にも携わり、「はやぶさ2」では、サンプラーチームとしてオーストラリアでのカプセル回収と分析も担当。分子レベルでの有機物分析、同位体分析などの精密な化学的手法を海、地球、宇宙というフィールドに展開している。将来の夢は、いま、「はやぶさ2」を目の当たりにしている若い世代や子供たちといつか一緒に共同研究をすること。
村岡俊也=取材・文
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