リソースが限られているから、生まれるアイデアがある。
―「はやぶさ2」には、技術の進歩と同時に卓抜したアイデアが満載です。そのアイデアはいかにして思いつき、どう実現させたのでしょう?
吉川 もともと「はやぶさ2」の計画は、初号機ではサンプルが採取されていない可能性があったのと、そもそも地球に戻れない可能性があったことから提案されました。最初は、同じことをやるのかと言われて(笑)。
次に1機のロケットで同時に2機の探査機を打ち上げて、片方は「はやぶさ2」で、もう片方は時間差で遅れて到着してドカンと衝突させるプラネタリー・ディフェンスのミッションを提案したんですけれども、今度は予算が高すぎてダメだと。であるならば、地下の物質を調べようと。
そのためにモグラロボットを作るとか、ペネトレータ(天体表面に衝突し貫入する槍状の観測装置)を突き刺すとか、いろんなアイデアを考えて、最終的にインパクタ、衝突装置でクレーターを作るという結果になったんです。
久保田 内部物質を採るには、普通に考えれば小惑星表面に降りて、穴を掘りますよね。でも重力の小さいところでは掘る反動で姿勢が動いて倒れてしまいますし、小惑星の表面は温度が高いので長くいられない。
「はやぶさ2」のタッチダウンによる採取方法を変えずに、内部の物質を表面に出すためには、インパクタをぶつけるのが一番良かった。しかし、ぶつけると表面からいろいろなものが飛び散るので、今度はそれをどう避けるのかというのが最大の課題で、緻密に考えました。
一番確実で、しかもリソースが限られている中で、どうしようかとみんなで知恵を出し合ったことが成功に結びついたのかなと思います。
―小惑星探査ロボットMINERVA-Ⅱに関しても、同じように紆余曲折を経て開発されたのでしょうか?
久保田 せっかく行くならばリュウグウに何かを降ろして、表面を探査したい。重量も限られている中でどうしようか。写真を撮ったり、温度を測ったりできれば科学に貢献できると考えた。いろいろなところを観測するために、表面移動はぜひとも実現したかった。
小惑星のような微小重力環境では車輪走行は難しいと考えていたので、飛び跳ねる機構を考えた。ところが、あまりに飛び過ぎるとリュウグウから離れてしまって、戻ってこられない。
行ってみなければわからない場所に対して、どう対処したか。これは大学院生のアイデアだったのですが、モーターの回転数(トルク)で飛ぶ速度を変えられるようにしたのです。通信は、地球からダイレクトにはできず、「はやぶさ2」経由で行うことにしましたが、往復30分ぐらいの遅れが生じてしまう。そのため地球からリアルタイムに指示できないならば、自分で判断して、環境に応じて動くことのできる人工知能搭載のロボットに仕上げたのです。
朝目を覚まし、午前活動して、暑い日中は昼寝をして,夕方活動して夜休む。きれいに撮れた画像のみを地球に送る。限られた重量や電力で、いかに面白いこと、役に立つことをやろうかと考えました。ソフトの書き換えもできるようになっています。もしかしたら「はやぶさ2」からの信号を待ちながら、まだ活動しているかもしれません(笑)。
―科学者たちには、面白いことをやろうという考え方が共通してあると。
久保田 ええ、みなさん限られたリソースの中で最大の成果を挙げることに力を注ぎ、あらゆることを考えていますね。最初は、探査機の搭載重量をどう分けるかで取り合いになります。
各担当の主張が強いわけですが、それでは成り立たない。ある程度フェーズが進むと、お互い協力してダイエットを始めて、みんな過去のことは忘れるので(笑)、一気にチームワークが良くなりますね。
吉川 切磋琢磨に関して言えば、アメリカやヨーロッパとの関係についても同じことが言えるかもしれません。アメリカではオサイリス・レックス(小惑星ベンヌからのサンプルリターンミッション)が進行中ですし、ヨーロッパでは日本と協力してマルコ・ポーロ(小惑星ウイルソン・ハリントンからのサンプルリターンミッション)が検討されました。
惑星探査は、それぞれの国、地域が独自にやりたいミッションをやるわけですが、当然競争もありますけれども協力もして、情報のやり取りは常にしています。アメリカが成功すれば、サンプルは2カ所から得られることになりますし、より研究が深まっていく。
オサイリス・レックスのチームは「はやぶさ2」を非常に羨ましがっているんですね。なぜかと言うと、彼らは観測をしてサンプルを採るだけなんです。
「はやぶさ2」は、衝突装置はあるし、MINERVA-Ⅱを含めた合計4機の探査ロボットを降ろすし、タッチダウンも2回やっている。小さな探査機で、予算も少ないのに、彼らよりもはるかにたくさんのことをやっている。アメリカでは、「こんなにたくさんのミッションを提案できない」と言っていました。
久保田 アメリカもヨーロッパも「確実性」をかなり重要視していますよね。機会も予算も多いから、新しいチャレンジはできるだけ絞って,次の機会に採用するなどしています。でも日本では10年に1回できるかどうかです(笑)。だから、色々なものを詰め込みたいと知恵を絞るわけです。
例えばMINERVA-Ⅱの重さは約1kgですが、ドイツとフランスが作った小型着陸機MASCOTは10kgほどです。チャレンジングなことは今後もできると思いますが、そのための準備をしっかりとするのがすごく重要。無謀なミッションは、当然JAXAでも認められない。リソースが限られると、いろんな発想が出てきますね。
昨今、若い人は夢がないと言われていますが、失敗を恐れて挑戦しないのはもったいないと思います。
「はやぶさ2」を通して、夢の実現、挑戦する姿、特に若い研究者の姿を見てもらいたかった。悩む姿も中継でご覧になったと思います。難しい問題にどう立ち向かうか、あらかじめ用意周到に準備をして挑戦する大切さをご理解いただけたかと思います。それでも失敗したら,そこから学ぶことは大きいと思います。
「はやぶさ2」は、中小企業、町工場の人たち、今まで宇宙に関わってこなかった人たちも巻き込んだ、日本らしいプロジェクトであると思います。
Profile宇宙科学研究所宇宙機応用工学研究系准教授吉川真YOSHIKAWA Makoto栃木県出身。専門は天体力学で、小惑星の軌道計算や探査、プラネタリー・ディフェンスなど、長年小惑星に携わる。登山が好きだが、最近はあまり山には行けず、自己流でフルートや尺八の練習中。
宇宙科学研究所宇宙機応用工学研究系教授久保田孝KUBOTA Takashi埼玉県出身。M-Vロケットの姿勢制御や「はやぶさ」の航法誘導とミネルバを担当。未知環境を探査する賢いロボットの研究をしながら、現在チーフエンジニアとしてJAXAのプロジェクトの評価・推進を行なっている。ワイナリー巡りが好きで,最近は,観劇や落語なども楽しむ。
村岡俊也=取材・文
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