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茅ヶ崎のサーフコミュニティーで育つ

武藤秀行こと“610-chang” photo by Kazuki Murata
――は、改めてお聞きします。610-changのサーフィンのバックグラウンドを教えてください。
武藤 サーフィンに出会ったのは、13歳(中学2年生)のとき。友達の兄貴がサーフィンをしていて、それを見に茅ヶ崎の海へ出かけていったのがきっかけだね。家が海に近かったから、すぐにのめり込んだんだ。近所のサーフショップで中古のボードとウエットスーツを買って、海に行くようになった。ちなみに、スケートも同じ頃に始めたよ。
――どんな子どもでしたか?
武藤 いたずらっ子だったかな。昔、茅ヶ崎のビーチに置いてある地引網船の横に、ガスボンベがあってさ。夜にビーチまで出ていって、それを勝手に使って、鍋焼きうどんを作って食べてた。サーフボードも持っていってたな。
photo by Kazuki Murata
――夜だと、サーフィンはできませんよね。
武藤 それはもう、ビーチで一泊だよ。
――砂浜で寝ていたんですか?
武藤 うん。屋根もないところで、そのまま寝てた。で、翌朝に海でサーフィンしてから、学校へ行く。
――驚きの生活ですね。
武藤 今じゃ考えられないよね。
610-changが経営するサーフショップ「Sunny Line」 photo by Kazuki Murata
――ところで今の10代、20代のサーファーは、親もサーファーということが少なくありませんよね。610-changの家はどうでしたか?
武藤 今も湘南に住んでいるけど、親はサーファーじゃない。兄弟もサーフィンしないね。
――そうなんですね。
武藤 でも、サーフィンする環境は整ってた。茅ヶ崎には地域で子どもたちを育てようとする文化が昔からあって、俺もよく、親世代のサーフコミュニティーに出入りしてた。俺がシェイパーになれたのも、そこでの出会いのおかげ。
photo by Kazuki Murata
――シェイパーとしての原点ですね。
武藤 そうそう。でも、そんなこと言うとコミュニケーション能力が高そうに聞こえるかもしれないけど、本当は俺、人見知りなんだよね。
――それは意外でした。
武藤 家族や友達といる時間はもちろん大事。だけど、シェイプルーム(サーフボードの工場)にいて一人で仕事している時間も必要だし、好きなんだ。そういうときにアイデアが生まれるしね。

人気絶頂のバンド時代

バンド時代の610-chang(右) photo by Kazuki Murata
――音楽を始めたのはいつからですか?
武藤 それもサーフィンやスケートと同じく、中学の頃から。最初は従兄弟のギターを借りて遊んでた程度だったけれど、そのうち学校の友達といっしょにコピーバンドを組んで、ライブを開催するようになった。舞台は近所の公民館で、お客さんは10人くらいだったけど。
――どんなバンドをコピーしていたんですか?
武藤 X JAPAN。
――X JAPANですか。
武藤 うん。X JAPAN。公民館で「紅だーッ」ってシャウトしてた(笑)
地元の仲間と610-chang(中央) photo by Kazuki Murata
――では、本格的に音楽の道に進んだのはいつからですか?
武藤 高校卒業後、19歳から。地元の仲間と「No End Why」っていう4人編成のパンクバンドを組んだんだよね。その頃はパンクブームだったこともあって、ファーストアルバムのセールスが、4万枚になった。
――それはすごい!
武藤 で、そのお金で音楽機材や車を買って、日本全国ツアー。バンドメンバーは全員サーファーだったから、ツアー先で波乗りもしてた。
――自然な流れですね。どのようなイベントに出演されていたんですか?
武藤 俺らはサーファーバンドとして売ってたから、パンクロック系のイベント意外にもサーフィンのイベントに出演させてもらってたよ。
「THE SURFERS」と対バンしたり、Dragon、VOLCOMといったサーフブランドのイベントに顔を出したり。
(THE SURFERS:レジェンドサーファーのケリー・スレーター、ロブ・マチャド、ピーター・キングにより1998年に結成された音楽バンド)
――しかし、人気絶頂の中で突然、解散されてますよね。
武藤 理由は、よくある方向性の違いってやつ。でも恐いのは、その1週間後に全国ツアーが控えてたこと。飛ぶ鳥を落とす勢いが一転して、自分が落ちることになった(笑) それが27歳の頃だね。

「波と音と風の旅」に

「SURFING WORLD」2005年6月30日 刊行 photo by Kazuki Murata
――バンドを辞めてからは、何をしていたんですか?
武藤 地元のサーフィン仲間から、旅に誘ってもらったんだ。それが「波と音と風の旅」。
――どのような旅ですか?
武藤 秋冬と夏に1ヶ月ずつ、サーフスケートしながら全国各地をめぐる旅。行く先々で初めましての人とサーフィンしたり、スケートしたり、歌をレコーディングしたり、酒を飲んだり。その思い出を、エッセイにしてた。
秋冬は北海道からスタートして、ひたすら南下。夏は近畿や九州方面を周って、どちらも最後は湘南に帰ってくる。行き当たりばったりだったけれど、その分、思わぬ出会いがあって刺激的な旅だったよ。
photo by Kazuki Murata
――素敵ですね。ところで、レコーディングやエッセイとありましたが、旅の様子をどこかで発信していたんでしょうか。
武藤 雑誌「SURFING WORLD」に特集を組んでもらって、写真といっしょに掲載してたんだよね。道中でセッションしてできた音楽は、CDに録音して雑誌の付録にした。
秋冬はマイナーコードが多めな落ち着いた曲で、夏はアップテンポの曲がぎっしり。酔っ払ってベロベロの状態で録音した曲もあった(笑)
photo by Kazuki Murata
――とても楽しそうです。バンド時代とモチベーションに変化はありましたか?
武藤 何も変わらなかったね。伝えていた言葉や音楽が、バンド活動から雑誌という媒体に移っただけだから。ただ、「波と音と風の旅」では、音楽とサーフィンを通していろんな出会いがあった。そういう意味でのモチベーションは上がったかもね。
1stソロアルバム”人生のline” photo by Kazuki Murata
――資金はどこからかサポートされていたんですか?
武藤 協賛してくれる会社を集めたよ。ファミリーマート、SUBWAY、ノースフェイス・・・。あと吉野家からは、丼のチケットをもらった。
――牛丼を食べられるチケット、いいですね。
武藤 いや、なぜか豚丼だった(笑) でも、すごくありがたかったよ!
――旅をして、得られたものは何ですか。
武藤 この旅のおかげで、全国にサーファーの繋がりができた。あの頃できた友達は、今でも仲良いよ。
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