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目の前にチャンスがあるのにそれを活かせない

こうしてアトリエを構え、いよいよ本格的に画家として跳躍するチャンス……! と思いきや、なんと絵を描けなくなってしまったのだという。
「評価いただいた写実のシリーズも、気乗りしなくて1年くらい描けなくて。毎日ウンウン言ってる間に、隣の空き地にビルが建っちゃって、すごく焦りました。
それでも結局、毎日昼頃に起きてだらだらして、ようやく夕方ごろにやる気になってきたのに友達から『飲み行こう』って言われたらふらふら行っちゃう。せっかく売れてチャンスが来たのに俺は何やってんだろ、って。そうやってまた凹んだんですよ」。

しかし、チャンスの神様は長坂さんを見捨てなかった。それは、アーティストとしてのCM出演だった。
学生時代とホスト時代にお世話になった街、新宿にある商業ビル「フラッグス」のCMで、新人を起用したいというキャスティングの意向により、長坂さんに白羽の矢が立ったのだ。
「CMに出演して絵を描かせてもらっただけでなく、なんとそのCMの中では昔憧れていた歌も歌わせてもらって。しかも、自分でデザインした服も着ていました。やりたかったことがすべて実現した仕事だったんですよね。
それで、『俺キテる! 人生最大のチャンス! ここから何者にでもなれる!』って、自分の中の暴れ馬がまた妄想を膨らませたんですけど、妄想が膨らめば膨らむほど、『なんか違うな』って逆に盛り下がってきちゃって」。
かつて高校時代に、就職が決まって喜ぶ同級生を見て冷めていたという。「就職って墓場じゃん、と思ったんですよね。先が見えちゃって人生決まっちゃって、もう終わりじゃんって」。
そんな同級生に向けていた思いに似たようなモノを、自分自身に抱いてしまったのだ。
「結局、それまでやってきたことって自我の塊で、承認欲求なんですよ。自分のやりたいことをやり尽くして、ついに自分を可愛がるのにすら飽きちゃった。そのときふっと、『これからは人のために生きる人生もいいかな』って思ったんです」。
>後編へ続く

美術家・長坂真護さんがクラウドファンディングを実施中!

彼の活動を追ったドキュメンタリー映画『Still A Black Star』(カーン・コンウィザー監督)の公開を実現するための費用をクラウドファンディングで募っている。締め切りは2月14日(日)。
長坂真護(ながさかまご)●1984年福井県生まれ。文化服装学院卒業後、歌舞伎町のホストを経てアパレル会社を設立。しかし1年で倒産し、路上の絵描きに。2010年に史上最年少でサマーソニックのアート部門「ソニックアート」に出場。また、アカデミー賞の前夜祭「2017 Oscar VIP Gift Lounge」に出展し、日本人初となるライブペインティングを披露し注目を浴びる。2017年にガーナのスラム街アグボクブロシーを訪れたのを機に、不法投棄された廃棄物を使った作品を制作・販売する。2018年〜2019年にかけて、現地に学校とギャラリーを設立。「サステイナブル・キャピタリズム」を掲げ、アート活動と経済活動、そしてガーナの社会問題解決のための活動を同時に展開している。
「37.5歳の人生スナップ」とは……
もうすぐ人生の折り返し地点、自分なりに踠いて生き抜いてきた。しかし、このままでいいのかと立ち止まりたくなることもある。この連載は、ユニークなライフスタイルを選んだ、男たちを描くルポルタージュ。鬱屈した思いを抱えているなら、彼らの生活・考えを覗いてみてほしい。生き方のヒントが見つかるはずだ。上に戻る
川瀬佐千子=取材・文 中山文子=写真


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