飲食業界へ入って感じたジレンマ
自分が飲食業界に飛び込んで、車椅子ユーザーが行ける場所を増やす。そのために、32歳で作業療法士を辞め、それから3年間修行。そして、35歳で自分の店を持つという未来予想図を描いた堀木さん。なんと、その計画を本当に実行したというから驚く。
「どんなに知識があろうと、すばらしい理論を持っていようと、経験が伴わなければそれほど価値はないと思っているので。
たとえば世界の国について書かれた本を100冊読んだ人はもちろんすごいけれど、実際に世界一周したことがある人の言葉のほうを僕は信じる。それで一気に飛び込んじゃった感じですね」。
その後、予定どおりに32歳で作業療法士を辞め、飲食店での3年間の修行を経て、2015年5月、馬喰横山にクラフトビールと炭火焼き料理の店「BEER WARS TOKYO(ビアウォーズトーキョー)」をオープン。
30席ほどのこぢんまりとした店だったが、それでも2席分のスペースを潰してバリアフリー仕様のトイレを作り、入り口の段差には特注のスロープを用意した。
国内外から選りすぐったさまざまなクラフトビールと、ビールによく合う炭火焼き料理が評判となり、ビアウォーズトーキョーはオープンからほどなくして人気店に。車椅子のお客さんも少しずつ訪れるようになり、なかには名古屋から新幹線に乗ってまで通ってくれる人もいたという。
しかし、堀木さんは満足していなかった。
ビアウォーズトーキョーができたことで、確かに車椅子ユーザーでも通えるおいしいお店は1軒増えたかもしれない。けれど、元医療従事者で業界に知り合いの多い堀木さんの店でさえ、車椅子のお客さんの数は年間15人ほど。それでは世の中の「環境整備」には程遠い。
「本来なら、大手の飲食チェーンさんがやってくれればいいんですけど、さっきも言ったように、店をバリアフリー仕様にすると席数を犠牲にしなければならないので。とくに飲食店は数字にシビアですから、回転率を考えるとそう簡単にはできないです。そのあたりの感覚が医療業界とは真逆で、けっこうなジレンマがありました」。
一念発起して飲食業界に飛び込んだものの、まだまだ遠い「環境整備」への道。堀木さんの試行錯誤ははじまったばかりだった。
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後編へ続く堀木慎太郎(ほりきしんたろう)●1980年、東京都生まれ。高校卒業後、リハビリの専門学校に進学し、作業療法士の国家資格を取得。病院や老人保健施設で身体や精神に障害のある人のサポートに従事し、32歳で退職。3年間飲食店で勤務したのち、2015年、東京・馬喰横山にクラフトビールと炭火焼き料理の店「BEER WARS TOKYO」をオープン。2019年には浅草に「ALLWRIGHT -sake place-」および併設のマイクロブルワリー「木花之醸造所」をオープンした。
「37.5歳の人生スナップ」もうすぐ人生の折り返し地点、自分なりに踠いて生き抜いてきた。しかし、このままでいいのかと立ち止まりたくなることもある。この連載は、ユニークなライフスタイルを選んだ、男たちを描くルポルタージュ。鬱屈した思いを抱えているなら、彼らの生活・考えを覗いてみてほしい。生き方のヒントが見つかるはずだ。
上に戻る 岸良ゆか=取材・文 中山文子=写真