車椅子ユーザーのために社会の「環境整備」をする
卒業後、作業療法士として就職したのは、関東近郊に数十箇所の施設を擁するグループ病院。最初に赴任した千葉県市川市の病院には作業療法士がおらず、堀木さんは新たなリハビリテーション課の立ち上げを任されることになる。
「大きなグループ病院だったので、ほかの病院へ研修へ行くことも多かったですし、グループ内の老人保健施設の立ち上げにも何度も参加しました。いろいろな経験をさせてもらってありがたかったですが、作業療法士として何年か働くうちに、自分がやりたいこととのずれを感じるようになったんです」。
前述したとおり、作業療法士は身体や心に障害のある人に対してリハビリテーションを行う。もちろん、身体も心も、障害が治るのであれば治すのがベスト。しかし堀木さんは、それは必ずしも自分の仕事でなくてもよいと考えるようになっていった。
「だって、特に身体障害の場合、どうしたって回復できない症例もあるわけです。たとえば歩けなくなって車椅子生活を余儀なくされた人がいたとして、僕としては『歩けないのは不幸だからがんばって治そうね』ではなく、『歩けなくたって幸せだね』と感じてもらうためのサポートがしたかった。
実は実家で一緒に暮らしていたうちの祖母は全盲だったんですけど、目が見えなくたってひとりで散歩へ出かけていたし、出先で友達を作って帰ってきて、家族を驚かせたこともあるし。
誤解をおそれずにいえば、『障害があるからなんなの?』みたいな感覚もどこかにあったんです」。
歩けない人も幸せを感じるために、自分にできることはなにか。それをいうならば、そもそも人が幸せだと感じる瞬間はどんなときか。
突き詰めて考えた結果、頭に浮かんだキーワードが「飲食」だった。
「人って、お気に入りの飲食店に行って、うまい酒を飲んだり料理を食べたり、他人とコミュニケーションをとっているときに幸せを感じるじゃないですか。だけど、車椅子の人はそもそも行ける店が少なかったり、店に入ってもくつろげなかったりする。
30歳のとき、飲食店を経営している同級生と話していてそのことに気づいたんです。車椅子ユーザーのためにリハビリを行う作業療法士や理学療法士は世の中にたくさんいるけれど、車椅子ユーザーのために『環境整備』をする人はほとんどいない。それなら僕がやろう、と」。
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