揺るぎないスタイルを現代に通用する形で
2019年秋冬コレクションより、日本におけるディレクターを務めている鴨志田氏。毎シーズンの服の企画はもちろん、旗艦店のビジュアルディレクションやコレクションラインの製作など、その仕事は多岐にわたる。
「僕としては“目に見えるものすべての責任者”だと思っています。細かいことを言えばショッパーの監修までやりますよ(笑)」。
鴨志田氏は日本の、そして世界のドレスクロージングを40年にわたり見つめ続けてきた人物だ。就任から2年。ずばり、ポール・スチュアートをどうディレクションしようと考えているのだろうか。
「ビームス、ユナイテッドアローズに長年在籍して、昔と今でずいぶん変わったと感じることがあります。それは市場がインポートに固執しなくなったということ。
つまり“インポート信仰”がある時代は、本国のスタイルや商品構成をそのまま日本に持ってくればよかった。でも今は日本のマーケットに合わせた服を作らなければならないのです」。
鴨志田氏はふと、古い2冊の雑誌を見せてくれた。1975年発行の「メイド・イン・USAカタログ」と、’77年発行の「メンズクラブ増刊・男の服飾読本」。どちらも私物だ。そこには当時のポール・スチュアートが、ニュートラッドの旗手として紹介されていた。
「ポール・スチュアートは、自分が20代の頃から憧れを抱いてきたブランドです。英国サヴィルロウにルーツを持つメンズウェアをベースに、アメリカらしいユニークさやコスモポリタンの雰囲気を感じさせる“ブリティッシュ・アメリカン”というスタイル。
このスタイルがいちばん輝いていた’70年代、’80年代のポール・スチュアートの魅力を、現代に通用する形でブラッシュアップすること。それが僕の仕事だと思っています」。
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