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エア ジョーダン 13(1997年)

「ラスト ダンス」を紡いた初のジョーダンブランド作

1997年に発売された「エア ジョーダン 13」は、ジョーダンブランド設立後に初めてリリースされたシグネチャーモデルであった。
オリジナルカラーを採用した2017年の複刻モデル。
1997-1998年シーズンは、のちに「ラスト ダンス」と呼ばれるマイケル・ジョーダンがシカゴ・ブルズに在籍した最後のシーズンにあたり、ほとんどのゲームで彼はこのモデルを着用していた。
マイケル・ジョーダンがコートで活躍する姿を“ブラックパンサー”にたとえたティンカー・ハットフィールドは、シューズの随所にユニークなディテールを落とし込んだ。アッパーの斑点模様、肉球を模したアウトソールの形状、ヒール上部のホログラムなどがそれである。
ユニークなデザインを後押しする“シカゴ”の配色。
優勝を決めるファイナルで接戦の末、ユタ・ジャズにした勝利したシカゴ・ブルズは2度目のNBA3連覇を達成。シーズン終了後の1999年、マイケル・ジョーダンは2度目の引退を表明する。
シグネチャーモデルという宿命からか、マイケル・ジョーダンと「エア ジョーダン」は運命共同体のような関係にあるのだろう。
「エア ジョーダン 13」以降、ワシントン・ウィザーズで再度NBA復帰を果たし、最後にコートで着用した「エア ジョーダン 18」までのデザインの変遷には、少なからず試行錯誤の跡が見える。
そして、ティンカー・ハットフィールドは「エア ジョーダン 15」を区切りに「エア ジョーダン」シリーズのデザイナーを一時離任する。
だがしかし、物語はここでは終わらない。
「What’s AIR JORDAN」とは……
オークションではマイケル・ジョーダン本人が着用していた「エア ジョーダン 1」が61万5000ドル(約6600万円)で落札。彼が現役引退してからも派生モデルは増殖し、比例するように熱狂的マニアも後を断たず。エア ジョーダンって一体、なんなんだ?
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戸叶庸之=編集・文 ナイキジャパン=写真


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