エア ジョーダン 6(1991年)
シカゴ・ブルズに栄光をもたらした傑作
1991年、NBAで初めて優勝したときにマイケル・ジョーダンが着用していたのが、同年に発表された「エア ジョーダン 6」だった。
素足に近い感覚を求めていたマイケル・ジョーダンのリクエストにより、ティンカー・ハットフィールドは「エア ジョーダン 6」を開発するにあたって、大きな構造改革を試みた。
これは主に、補強パーツを極力省いたプレーントウのアッパーが該当し、これまでのシグネチャーモデルと比べて飛躍的な機能の向上をもたらした。「ジャンプマン」をあしらったシューレースロックも特徴的なパーツとして挙がる。
日本では「エア ジョーダン 1」と並び、『スラムダンク』の主人公・桜木花道が初めて手にしたバッシュとしても知られる1足である。最人気の“カーマイン”をはじめ、オリジナルカラーは全6色がラインナップされていた。
余談だが、「NIKE AIR」のロゴの採用は、このモデルをもって一旦打ち切りとなる。
「エア ジョーダン 6」がデビューした翌年は、バルセロナ五輪の年だ。“23”から“9”を背負った「エア ジョーダン」は、どのように進化したのか。
「What’s AIR JORDAN」とは……オークションではマイケル・ジョーダン本人が着用していた「エア ジョーダン 1」が61万5000ドル(約6600万円)で落札。彼が現役引退してからも派生モデルは増殖し、比例するように熱狂的マニアも後を断たず。エア ジョーダンって一体、なんなんだ?
上に戻る 戸叶庸之=編集・文 ナイキジャパン=写真