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2021.01.11

ファッション

「エア ジョーダン」伝説。NBAデビューとともに生まれた2大モデルの光と影

「What’s AIR JORDAN」とは……
バスケットボール界の不世出のスーパースター、マイケル・ジョーダンのNBAデビューと同時に誕生したシグネチャーモデル「エア ジョーダン」。
ここでは、オフコートまで完全制覇した史上最も有名なパフォーマンスシューズの足跡に触れてみたい。
まずは最強のストリートアイコン「エア ジョーダン 1」の伝説から。
 

エア ジョーダン 1(1985年)

始まりにして究極。残した幾多の伝説

1984年のNBAでの公式戦デビューから現在に至るまで、「エア ジョーダン 1」にまつわる逸話は枚挙にいとまがない。
「エア ジョーダン 1」を肩に掛けたマイケル・ジョーダンの勇姿。23番が眩しい。
この記念すべきファーストモデルのデザインを手掛けたピーター・ムーアは、アディダスのアメリカ支社の創設者という異色の経歴を持つ人物であった。
オリジナルカラーは数多く存在するが、マイケル・ジョーダンが公式戦で始めて着用したのが、シカゴ・ブルズのチームカラーを象徴する赤×黒の配色だった。
「白の面積が一定以上あるシューズを使用する」という当時のNBAの規定を度外視したバスケットシューズの登場に世間は度肝を抜かれ、ここからジョーダン伝説の幕が明けた。
誕生から35年の間で幾度も復刻されてきた始まりの一足。
マイケル・ジョーダンはNBAから「エア ジョーダン 1」の使用を禁じられたため、ナイキが肩代わりする形で試合ごとに約5000ドルの罰金を払い続けていたのだが、それを逆手に取ったナイキの巧みなCM戦略をきっかけに、発売から間もなく「エア ジョーダン 1」の人気はストリートへと飛び火していく。
とりわけスケーターの間で絶大な支持を集めたことは、ストリートカルチャーの歴史に一石を投じた出来事としても見逃せない。
秀逸な広告のキャッチコピーがセールスでの成功を呼び寄せた。
それから数十年後の今も、「エア ジョーダン 1」がスニーカーブームを牽引するキング・オブ・スニーカーとして君臨し続けていることは周知の事実。
今では復刻を中心に把握できないほどの無数のバリエーションがあり、一部のコラボレーションモデルなどのプレ値は驚くほどの高騰を見せている。
2020年8月13日にはクリスティーズが、オークションでマイケル・ジョーダン本人が着用していた“ジョーダン 1”が、スニーカー史上最高額となる61万5000ドル(約6600万円)で落札されたと発表している。
ピーター・ムーアの発案による象徴的なウィングロゴ。
これらのことから「エア ジョーダン 1」が、“スニーカー史上最もアイコニックなモデル”であることにもはや、異論を挟む余地はないだろう。


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