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銭湯は「信頼と寛容」の空間である

この数年間の経験をふまえ、平松さんたちは小杉湯の価値を再定義した。
「小杉湯は環境」。
銭湯では番台でお金を支払えば、あとはすべてセルフサービスになる。お客さんが求めているのはスタッフのサービスではなく、小杉湯という“環境”だ。
では、その“環境”が提供しているものは何か。突き詰めて考えた結果、「ケの日のハレ」というキーワードに行き着いた。
「ケの日のハレ、つまり“日常のなかの非日常”です。どの家庭にも当たり前のようにお風呂がある現在、みなさんは“家では味わえないちょっとした贅沢”を求めて銭湯に来るのではないでしょうか」。
“ちょっとした贅沢”を拡張するために、小杉湯ではさまざまな取り組みをおこなっている。たとえば、チーズの生産者に分けてもらった廃棄予定の「ほや」を投入したチーズ風呂、クラフトコーラの生産者に分けてもらった濾過後の材料を投入したコーラ風呂など、日替わりで多彩なお湯が楽しめる「もったいない風呂」。
伊良コーラの濾過残渣。複数の香草やスパイスが香る。
あるいは、ちょっと良い素材を使ったタオルや、全国から厳選して集めた湯上がりのドリンクとアイスクリーム。いずれも好評で、これが時代に即した銭湯のビジネスモデルなのだという手応えがある。
けれど、そうしたプラスアルファは、清潔な空間と気持ちのいい湯があってのこと。だからこそ、平松さんたちは今日も朝から浴場をぴかぴかに磨き、地下から汲み上げた水を一定の温度の湯にして提供する。
そして開店時間になれば、年齢も立場も違う多様なお客さんがやって来る。ひとりの時間を楽しむ人もいれば、顔見知りの客に会釈をする人、他愛ない世間話をする人もいる。
一人ひとりが文字通り裸になって、ゆるやかにつながれる場所──銭湯とは、「信頼と寛容」の空間だ。
「そんな機能を持つセミパブリックスペースを高円寺に増やしていくのが今後の目標。『小杉湯となり』もそのひとつだし、実は今、僕たちの考えに共感してくれる地主さんに古民家を提供してもらい、『小杉湯となり』の『離れ』をつくる計画も進行中です。
そんなふうに点と点を線に、線と線を面にして、小杉湯を起点に街づくりができれば理想だなあ、と。まあ、僕自身はあくまでも湯守なんですけれど」。

人びとがゆるやかにつながる「信頼と寛容」のコミュニティが、高円寺にじんわりと広がりつつある。
プロフィール
平松佑介(ひらまつゆうすけ)●1980年、東京生まれ。小杉湯3代目。住宅メーカーで勤務後、ベンチャー企業の創業を経て、2016年から家業の小杉湯で働き始める。2017年に株式会社小杉湯を設立、2019年に代表取締役に就任。1日に1000名を超えるお客さまが訪れる銭湯へと成長させ、空き家アパートを活用した「銭湯ぐらし」、オンラインサロン「銭湯再興プロジェクト」など銭湯を基点にしたコミュニティを構築。また企業や地方と様々なコラボレーションを生み出している。2020年3月に小杉湯となりに新たな複合施設をオープン。
「37.5歳の人生スナップ」
もうすぐ人生の折り返し地点、自分なりに踠いて生き抜いてきた。しかし、このままでいいのかと立ち止まりたくなることもある。この連載は、ユニークなライフスタイルを選んだ、男たちを描くルポルタージュ。鬱屈した思いを抱えているなら、彼らの生活・考えを覗いてみてほしい。生き方のヒントが見つかるはずだ。上に戻る
岸良ゆか=取材・文 赤澤昂宥=写真


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