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人生を変えた仲間たちとの出会い

ひとつは、イラストレーター塩谷歩波さんとの出会いだ。家業に参加した直後、彼女が描いた「銭湯図解シリーズ」のイラストをネットで見かけて感銘を受けた。小杉湯の“図解”を描いてほしいと依頼したところ、快諾。
完成したのは、小杉湯でお客さんたちが思い思いに過ごす光景──小杉湯の日常のひとコマを俯瞰したようなイラスト。
これがあれば、小杉湯の魅力を余すところなく伝えられる。そう確信すると同時に、80年以上つづく小杉湯の魅力を再確認できて勇気がわいた。自分がこれからやるべきことがわかった気がした。
いまは小杉湯の番頭としても知られるイラストレーター塩谷歩波さんによる小杉湯の“図解”。 写真提供:平松佑介
それと前後して「銭湯ぐらし」というプロジェクトもはじめた。
当時、銭湯に隣接した場所に小杉湯所有の風呂なしアパートがあった。老朽化が進んでいるために取り壊し、半分は平松さんの住居に、もう半分は小杉湯の施設にすることが決まっていた。
不動産会社を通じてアパートの住人に取り壊しを告げたところ、予定より早く退去が完了。取り壊し予定日までの1年間、空き家にしておくのはもったいない。そこで、なにかできないかと友人に相談したところ、建築家の加藤優一さんを紹介された。
「加藤に、1年間限定でアパートに小杉湯のファンを集めて住んだら面白いんじゃないかと提案されて。風呂なしアパートだけど、銭湯のある暮らしだから『銭湯ぐらし』。家賃は無料のかわりに、住人がやりたいことをそれぞれ小杉湯で実現してもらう。
ぜひやってみたいと思い、銭湯の貼り紙などで参加者を募集したところ、ミュージシャンやデザイナー、編集者など、さまざまな人たちが手をあげてくれたんです」。
そうしてスタートした「銭湯ぐらし」は、「銭湯フェス」などのイベントや企業とのコラボレーションにつながり、プロジェクトがおこなわれるたびに小杉湯に人が押し寄せた。
その様子がSNSなどで話題になり、“高円寺の小杉湯”は知名度を高めていった。
写真提供:平松佑介
2018年2月にアパートが取り壊されたあと、プロジェクト終了を惜しむ住人たちが中心となって株式会社銭湯ぐらしを設立。
2020年春、アパートの跡地に彼らが運営するコワーキングスペースや食堂を備えた施設「小杉湯となり」が完成し、現在、60名ほどの会員が利用している。
小杉湯の隣に誕生した小杉湯となり。 写真提供:平松佑介
「そもそも僕は、銭湯を継いだら狭い世界のなかで孤独な戦いをすることになると思っていたんですよ。ところがいざやってみると、これまでの人生でいちばん人との出会いが増え、社会との接点が増え、仲間が増えた。まったく予期していなかったことです」。
出会いが未来をつくっていったと平松さんは言うが、その出会いは小杉湯という場所がもたらしたものだ。いま小杉湯や小杉湯となりの運営にかかわるメンバーの共通点はたったひとつ、「小杉湯のファンであること」なのだから。


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