宇宙では人の美的感覚がすぐには働かない
—地上の乗り物と宇宙の乗り物のデザイン。圧倒的な違いとはなんでしょう?色々ありますが一番強く感じたことは、人は宇宙で展開される構造物に対して、美的直感がすぐには働かないということです。なぜなら人の美的直感というものは、空気や水、重力の影響をとても強く受けているから。
例えば動物の骨格の美しさは、基本的に重力に逆らうため、空気抵抗を減らすために育まれた形ですし、樹々も風に対してしなやかに対応するためにあの形になっていったのでしょう。私たちはそうしたものを日々美しいと感じています。
スピード感のような美意識もまた、私たちは流体中の移動体が持つ合理性を引きずっているわけですが、宇宙には空気も水も重力もないわけです。その環境を相手にした乗り物をデザインする。美しくするということは、かなり手強いことなのです。
—空気や重力という見えないものが、私たちの「美しい」という概念にかなりの影響を与えている。それはとても興味深いです。ただそういうなかでも重力の影響をほとんど受けていないように見える生物がいるんです。放散虫と言いますが、「虫」と名前に付いてはいるものの、実際は体長が0.1ミリ程度の海生プランクトンの一種です。
5億年ほど前から海の中で進化してきたこの放散虫の形が、まるで宇宙船のようにも見えるんです。無重力下の宇宙生命も、きっとこんな形なのだろうと思いますよ。
—宇宙という概念や環境が、山中さんの日々のクリエイションに影響を及ぼすことはありますか?宇宙の営みのなかで、今自分がこうして地球に生きているということは一体何だろう。自分はなんてちっぽけな存在なのだろうと、宇宙とはやはり、そういう巨視的な視点をつねに与えてくれます。そして宇宙を含めた自然科学は、私にとって想像力を刺激してくれるもの。人生の大切なモチベーションでもあります。
—今後、ますます民営化していく宇宙開発に対しては、どんなことを感じていますか?宇宙は我々が普段体験できない空間概念や景色が広がっている世界です。そのまったく違う世界に想いを馳せることによって、新しい視点や新しい情感を呼び起こすことができる。今後、宇宙開発が民営化していくことによって、その部分がいっそう素直にデザインされていくと思います。
つまり宇宙開発は今、「あなたも新世界に行くことが可能になりますよ」「かっこいい宇宙船に乗って、こんな快適な宇宙の旅ができますよ」と、興行をしている状況だと思います。
—より多くの人たちに向けて、宇宙を演出しているんですね。そうです。それは必要なファクターですから。と同時に人類にとって宇宙開発は、本質的には先端技術の実験場でもあるはずです。ただ、現実には宇宙空間ではオペレーションの確実性が要求されるので、人と人工物の関わり方においての最先端を試すことは早々できるものではありません。
そういったなかでもボタンやダイヤルを廃止し、全面的にタッチスクリーンを採用したクルードラゴンのインターフェイスはとても挑戦的でしたね。そういう積み重ねできると、新しい技術思想を育むと思います。
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