デザインしないアートディレクターでいいじゃないか
そして40代に入った頃、原さんはなんとデザイナーの必須道具であるMacを手放した。
「Macを捨てることで、“俺のデザイン”を追求するのをやめたんです。やれるだけやったという気持ちもあったし、今いる“デザイン”じゃないところにやりがいのある世界があるんじゃないかとも感じました。捨てることで本当の意味でのデザインというものが見えてきたんですよね」。
原さんのところに持ち込まれる案件は、なぜかリニューアルものが多かった。もっと売り上げたい、もっと認知度を上げたい、だからデザインをリニューアルしたいという相談だ。原さんは、実際に手を動かす前に相手の話をとことん聞き、問題点を見つけて、解決方法を提案してきた。
「ときには解決方法がデザインじゃないこともあるわけです。そういう『デザインする前の思考』がものすごい大事だと思うようになって、デザインしないアートディレクターでいいじゃないかと。そしてその思考をスタッフにも受け継いでもらって、いつかデザインしないデザイン会社になれたら最高だな、と考えてました」。
スタッフの育成に力を入れ、デザインすることを手放した原さんのプランは成功した。チームとしての仕事の依頼が増え、その中でスタッフたちが成長していった。
その中で事務所の場所を閑静な代々木上原から賑やかな下北沢に移転したが、それは街のざわめきの中でチームに刺激を与えようという試みだった。それがまた功を奏しチームは活性化した。独立したスタッフも少なくない。空いた席には新しいスタッフが入ってくる。
原さんが立ち上げたチームは、自ら新陳代謝するようになっていた。
「でも、狙い通りにチームが安定して、仕事が順調になったら、自分はつまらなくなってきちゃったんですよね」。
そんなときに飛び込んできたのが、都市計画を担う建築コンサルタント会社からの仕事の相談だった。
後編に続く
原 大輔(はらだいすけ)●1970年長崎県生まれ。明治大学卒業後、インテリア業界に就職。Macに触れて衝撃を受ける。グラフィックデザイナーを目指し、デザイン会社に転職。2年の経験を積んで1997年に独立。食えない1年を経て、ライターやカメラマン仲間とともに仕事場を構え、活動する。2006年にデザイン会社
SLOW inc. を立ち上げる。街の中におけるパブリックスペースに興味を持ち、46歳の時に佐賀県有田にカフェ『Fountain Moutain』を作り、3年運営。50歳で下北沢にコワーキングスペース「
ロバート下北沢」を作り、地域のパブリックスペースとしての発展方法を模索中。ロバート下北沢 Twitter @robert_smkt
「37.5歳の人生スナップ」もうすぐ人生の折り返し地点、自分なりに踠いて生き抜いてきた。しかし、このままでいいのかと立ち止まりたくなることもある。この連載は、ユニークなライフスタイルを選んだ、男たちを描くルポルタージュ。鬱屈した思いを抱えているなら、彼らの生活・考えを覗いてみてほしい。生き方のヒントが見つかるはずだ。
上に戻る 川瀬佐千子=取材・文 中山文子=写真