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登りに行く山は増えた。でも山を降りると……


高尾に住んでみると、考えていたとおり週末の山ライフは充実した。これまでとは違う電車通勤も、本を読む時間にしたり、全席指定のホームライナーを使ってラクをしたりしながら、無理なく続けることができた。
「引っ越して良かったと思いましたね。でも、だんだんと、それまで暮らしていた都心との環境の違いが見えてきて。山から降りて帰って来ても、高尾にはおいしいビールとおいしい料理を楽しむ場所がなかったんです。
観光客向けの蕎麦屋や学生向けのチェーン店ばっかり。都心まで通勤できるほどの交通の利便性があるので、山から降りてきた人が麓の町にとどまらず、帰ってしまうんですね。そのことに気付いて愕然としました」。
山は近くなったのに、うまいビールを飲む場所がないなんて……。池田さんがそう嘆くには、理由があった。

それまでに、アメリカ各地のロングトレイルにも挑戦するほど山にハマっていた池田さんには、アメリカの登山口でのあるカルチャー体験があったのだ。
トレイルの登山口には必ずおいしい地元のブルワリーがあり、そこのタップルーム(※醸造所直営のビアバーで、そこで作っているビールを提供する場所)では登山に来た人、地元の人がクラフトビールを片手におしゃべりして情報交換をする、そんなカルチャーがあるんだそうだ。その風景が記憶に刻み込まれていた。
「都心から1時間弱で来れて自然が豊かな高尾山には、1年を通して多くの人が訪れます。その麓の町である高尾は、そういうふうに人が集う場を作るのに打ってつけです。だから、遠からず誰かがこの町でビールをやるだろうな、と思っていました。当時、日本でもクラフトビールが流行り始めた頃だったし、この町にもきっと来るだろうな、と」。
しかし、誰かが始めそうな気配はまるでないまま、池田さんが高尾に引っ越して1年以上が過ぎた。
 
>後編に続く
 
池田周平(いけだしゅうへい)●1980年北海道札幌市生まれ。大学時代からエンジニアとしてWEB制作に携わり始める。卒業後はデザイン会社や広告会社にて働く。2017年に、働きながら、ポートランド州立大学(アメリカ オレゴン州 ポートランド)ビジネス オブ クラフトブリューイング科を修了。続いて、ホイポロイ ブルワリー(アメリカ カリフォルニア州 バークレー)醸造プログラム修了し、同年中に高尾ビール株式会社を設立。自社商品の開発・ブランディング・販売を自ら手掛ける傍ら、国内ビールメーカーのクラフトビール商品のブランド戦略やプロモーション企画なども手掛けている。2019年9月に高尾駅前にタップルーム「ランタン」をオープン。www.takaobeer.com
「37.5歳の人生スナップ」
もうすぐ人生の折り返し地点、自分なりに踠いて生き抜いてきた。しかし、このままでいいのかと立ち止まりたくなることもある。この連載は、ユニークなライフスタイルを選んだ、男たちを描くルポルタージュ。鬱屈した思いを抱えているなら、彼らの生活・考えを覗いてみてほしい。生き方のヒントが見つかるはずだ。上に戻る
川瀬佐千子=取材・文 中山文子=写真


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